【11】
「えー、あたしも見たかったな。隊長と折口さんの仮装」
翌日。イブを過ぎても街はまだクリスマスムードを引きずっている。
郁がコタツに潜り込みながら言った。今日は出勤日なのだが病気休暇でお休みだ。パジャマにちゃんちゃんこというおよそ色気の無い格好でもぞもぞと座る位置を決める。
「見ものだったわよ。二メートル大の巨大プーさ○だなんて、おそらくこの先お目にかかれないでしょうね。偶然だけど折口さんとのコラボっていうの? 白雪姫と並ぶと、前もってコーディネイトしたようにしっくりしててねえ」
意外な相乗効果だったわと柴崎。郁の向かいの定位置に腰を降ろしてみかんを渡す。コタツ越しに。
柴崎は今日はオフだ。
熱は引いたものの、まだ風邪気味なので安静命令が「主治医」から出た郁のつきあいで、一日おとなしく部屋に篭ることを決めた。
「よく折口さんを駆りだせたね。それに、毬江ちゃんも」
「まあね。ご本人たちも乗り気だったし、昨夜はいたく満足して帰ってもらえたみたいだったから、万事オッケーじゃない?」
一夜明けて、朝、食堂で顔を合わせた小牧に柴崎は囁かれた。色々有難うと。
少し照れくささを押し隠した小牧らしからぬ色気のあるお顔で、思わずどきっとしたっけ。毬江とは直接会っていないけれど、小牧のあの様子じゃ推して知るべしよね、柴崎がそう結論付けて、
「あんたのナース姿も、教官にたいそう喜んでもらえたようで何よりじゃない?」
みかんを剥きながら柴崎は言う。
すると、 ごん、と音がしたと思いきや、郁がコタツの天板に突っ伏した。その体勢で微動だにしない。うう、とうなったかと思いきや、
「喜んでもらえたのかなあ……。その逆じゃない?」
「え?」
「迷惑かけちゃったから、怒ってるかも。今朝もろくに口利いてくれないし」
ああ、やらかしちゃったなあとうめき声を上げる。
柴崎は郁のつむじを見ながら、
「そうなの?」
と訊いた。
郁は頷く。今朝の、堂上とのやりとりが頭の中プレイバックする。
目が覚めると、なぜか堂上の顔があって焦った。まだ夢の中にいるのかと思い、瞬きを繰り返すと、ほっとした様子の堂上が「起きたか」と小声で尋ねた。
「はい……おはようございます」
反射で挨拶してしまった。そしてはっと気づく。
ここ、どこ?
あたしの部屋じゃない。寮監さんの部屋でもない。見慣れない家具。一人部屋の私室。
がば、と跳ね起きたつもりだった。けれど身体が言うことを利かなかった。めまいがくらっときて、そのまま枕に沈んだ。
「大丈夫か」
気遣わしげに堂上が郁の肩に手をかけた。そうっと。仰向けに体勢を変える介助をする。
「は、はい。平気です」
「……熱は下がったみたいだな」
その手が、おでこに伸びてくる。前髪を掻い潜り、さらに優しい手つきで触れた。
郁は布団を鼻先まで引っ張り上げたまま身動きできずにいた。
あ、朝から心臓に悪いです。教官。
ていうか、ここ、どこ?
「あの、ここは一体……。あたしなんでここで眠ってたんですか」
おそるおそる質問をすると、堂上の顔が曇る。
「お前、まさか、憶えてないのか」
声音が暗いものとなる。あ、まずった、と郁は後悔するも、いったん出した言葉は引っ込めることはできない。仕方なく、こくこくとあごを引く。
仮装してパーティーに出かけたところまではなんとか記憶しているが、堂上やら小牧やらと会話したのかどうか、会場でのことがよく思い出せない。昨夜のことのはずなのに、記憶がおぼろげだ。
堂上はしばし身じろぎもしないで郁を見下ろしていたが、そこでふーと肺から二酸化炭素を取り出した。長い長いため息。
そして疲弊した表情で言う。
「お前は昨夜倒れたんだよ、熱でな。ここは俺の部屋だ」
「ええええっ! きょ、教官のお部屋ですかっ」
がばと跳ね起きてベッドから飛び降りようとする。それを軽々と押し止め、「ああ、いい、そのままでいろ」と冷静に言う。
「なんで、あ、あたし教官のとこで……?」
プチパニックになったせいか頭がぐらぐらする。それに遅まきながら気がついたが、自分はナースの制服を、着ていない。
なんでパジャマなの? いつも自室で着てるやつ。だ、誰が着替えさせたの?
訳がわかんない!
「まあ、色々あってな。憶えてないならその辺の説明ははしょってもいいところだ」
と言う堂上の目が遠い。
「は、はしょる、って」
郁はまた気がつく。白衣姿の教官。昨夜の仮装を解かないまま。
もしかして……。
「堂上教官、もしかして一睡もしてないんですか? あたしのせいで」
「……お前のせいじゃない」
堂上の声のトーンが一段低くなる。
気にするなと続けて、「夜が明けきる前に部屋に戻れ。人目につかないようにな」と言った。
そしてタイミングを見計らって郁は男子寮から抜け出してきたのだ。
「迷惑かけちゃったなあ。パーティーで倒れて教官に看病させるなんて前代未聞だよ。ましてや、ベッドを独占しちゃったし」
郁は依然凹んだままだ。
「着替えもさせちゃったし?」
「あああ、言わないでそれ!」
郁は頭を抱える。
見られたかもしれないよね。う、ううん、見たよね。
あたしがパジャマで寝てたってことは、誰かが制服を脱がせたってことで、で、昨日一晩傍にいてくれたのは紛れもなく堂上教官なわけで。
いくらあたしの頭のスペックが優秀じゃないからって、導き出せる答えはひとつしかない。
郁は真っ赤になった。伏せているせいで顔は見えないが、耳たぶまで赤い。
柴崎はパジャマの前袷をひしと掴んで身じろぎする郁を面白そうに眺めて言った。
「……大丈夫、教官なら寝てるあんたに不埒なことはしないって」
「そ、それは分かってるけどさあ、でも、でも、は、裸を見られたかもってことだよね」
「まあねえ。下着姿はもろ見られたでしょうねえ」
「ぎゃーっそれ言わないでえお願い!」
じたばたもがいて叫びまくる。うるさいことこの上ないが、柴崎は事実を打ち明けようとは思わなかった。
堂上が、自分を呼んで手伝わせたことを郁に告げていないなら、わざわざ自分の口から言うことは無い。
後は二人の問題よねと温かいまなざしで見つめる。柴崎のそんな視線には気がつかず郁は、「どうしよう、どうしたらいいの」とおたつくばかりだ。
柴崎はコタツから立ち上がった。
「聞けばいいんじゃない? 直接。教官に。あたしの裸、どうでしたかって」
「柴崎!」
手近にあったクッションを投げつける。柴崎は笑ってそれを受け止めた。
「それだけ元気が戻れば大丈夫そうね」
とコートとお財布を用意する。
「出かけるの?」
「ん。コンビニでも行ってこようかと思って。雑誌とか買い込んでくる。あんたも読むでしょ」
「……うん」
すとんと郁の肩が落ちた。
「あと、何か必要なもの無い? ついでに買ってくるけど」
「アイス食べたい」
「わかった」
じゃあ行ってくるね。柴崎が言ってコートを羽織り、出て行った。
一人残された部屋で郁は「ありがと」と呟く。
ついでとか言って出かけたけど、きっとあたしのためだ。今日一日部屋から出られないあたしのため、雑誌とか……。
そういえば、看護師の制服とか用意してもらったお礼もきちんと言ってなかったな。ごめん、柴崎。郁はひとりごちる。そして、あ、あの制服って一体今どこにあるんだろ。借り物なのに、と青くなった。
もしや、教官の部屋……?
郁は戸惑った。でも、コタツに入ったまま携帯を手繰り寄せフラップを開く。
意を決して、堂上の番号を呼び出した。
柴崎にもだけど、あたし、しっかり昨夜のお礼、教官に言ってない。
一晩、付き添ってくださってありがとうございました。ちゃんと言わなくちゃ。そして、……。
郁は緊張の面持ちでコール音を聞く。教官は今どこだろう。部屋かな、それとも出先かな。
今日は確か非番だったはずだけど。もしかして自分が休みを取ってるせいで、休日出勤しているかもしれない。
堂上のことを思いながら郁は携帯を耳に押し当てる。
胸がどきどきする。
その目に、窓の外にちらつく白い光が映る。
思わず郁が声を上げた。
「あ、雪」
粉雪が振り出した。ダイヤモンドダストのように陽光を受けてきらきらと空を舞う。
きれい、と思い見つめていると、
「はい、堂上」
そこで、電話が繋がった。
「お」
「あら」
偶然、寮の近くのコンビニで手塚は柴崎と出くわした。
手塚はスーツに黒のロングコート姿。柴崎は普段着用のダッフルコートだ。
「仕事帰り? 早いのね」
「今日は半ドンなんだ。って古いか、言い方が」
お前は、と訊かれ、柴崎はバスケットを持ち上げてみせる。まだ何も入っていない。
「買出し。同室のものが臥せっておりまして」
「ああ。大変だな」
合点がいったように手塚が頷く。
「熱は下がったから大丈夫。でも今日は大事取っておとなしくさせておこうかと」
「お前が大変だって意味だよ。具合悪い同室置いて出かけるわけにはいかないもんな」
クリスマスなのにな。そう言って陳列棚をゆっくり回っていく。
「……なんかおごってやってよ、あの子に。あんたから差し入れって言って渡すから」
自然とその背中を追う形で、柴崎がついていく。
「いいよ。何がいいかな」
「そうねえ。ハーゲンダッツとか?」
「お前、……露骨に一番高いアイスとかさらっと口にするよなー」
柴崎は笑った。
「いいじゃない。クリスマスだもん、奮発して?」
「うーん」
有線からはマライヤのクリスマスソングが流れている。ここ数週間あっちでもこっちでも掛かっていて、食傷気味と思っていたが、案外いいかも、と柴崎は思う。
こんな風にコンビニの中を巡るだけでも、なんだかデートしてるみたい。
と、そこまで思って、あまりの乙女ちっくさに赤面する。
やだ……。あたしとしたことが。
【最終話】
web拍手を送る
「えー、あたしも見たかったな。隊長と折口さんの仮装」
翌日。イブを過ぎても街はまだクリスマスムードを引きずっている。
郁がコタツに潜り込みながら言った。今日は出勤日なのだが病気休暇でお休みだ。パジャマにちゃんちゃんこというおよそ色気の無い格好でもぞもぞと座る位置を決める。
「見ものだったわよ。二メートル大の巨大プーさ○だなんて、おそらくこの先お目にかかれないでしょうね。偶然だけど折口さんとのコラボっていうの? 白雪姫と並ぶと、前もってコーディネイトしたようにしっくりしててねえ」
意外な相乗効果だったわと柴崎。郁の向かいの定位置に腰を降ろしてみかんを渡す。コタツ越しに。
柴崎は今日はオフだ。
熱は引いたものの、まだ風邪気味なので安静命令が「主治医」から出た郁のつきあいで、一日おとなしく部屋に篭ることを決めた。
「よく折口さんを駆りだせたね。それに、毬江ちゃんも」
「まあね。ご本人たちも乗り気だったし、昨夜はいたく満足して帰ってもらえたみたいだったから、万事オッケーじゃない?」
一夜明けて、朝、食堂で顔を合わせた小牧に柴崎は囁かれた。色々有難うと。
少し照れくささを押し隠した小牧らしからぬ色気のあるお顔で、思わずどきっとしたっけ。毬江とは直接会っていないけれど、小牧のあの様子じゃ推して知るべしよね、柴崎がそう結論付けて、
「あんたのナース姿も、教官にたいそう喜んでもらえたようで何よりじゃない?」
みかんを剥きながら柴崎は言う。
すると、 ごん、と音がしたと思いきや、郁がコタツの天板に突っ伏した。その体勢で微動だにしない。うう、とうなったかと思いきや、
「喜んでもらえたのかなあ……。その逆じゃない?」
「え?」
「迷惑かけちゃったから、怒ってるかも。今朝もろくに口利いてくれないし」
ああ、やらかしちゃったなあとうめき声を上げる。
柴崎は郁のつむじを見ながら、
「そうなの?」
と訊いた。
郁は頷く。今朝の、堂上とのやりとりが頭の中プレイバックする。
目が覚めると、なぜか堂上の顔があって焦った。まだ夢の中にいるのかと思い、瞬きを繰り返すと、ほっとした様子の堂上が「起きたか」と小声で尋ねた。
「はい……おはようございます」
反射で挨拶してしまった。そしてはっと気づく。
ここ、どこ?
あたしの部屋じゃない。寮監さんの部屋でもない。見慣れない家具。一人部屋の私室。
がば、と跳ね起きたつもりだった。けれど身体が言うことを利かなかった。めまいがくらっときて、そのまま枕に沈んだ。
「大丈夫か」
気遣わしげに堂上が郁の肩に手をかけた。そうっと。仰向けに体勢を変える介助をする。
「は、はい。平気です」
「……熱は下がったみたいだな」
その手が、おでこに伸びてくる。前髪を掻い潜り、さらに優しい手つきで触れた。
郁は布団を鼻先まで引っ張り上げたまま身動きできずにいた。
あ、朝から心臓に悪いです。教官。
ていうか、ここ、どこ?
「あの、ここは一体……。あたしなんでここで眠ってたんですか」
おそるおそる質問をすると、堂上の顔が曇る。
「お前、まさか、憶えてないのか」
声音が暗いものとなる。あ、まずった、と郁は後悔するも、いったん出した言葉は引っ込めることはできない。仕方なく、こくこくとあごを引く。
仮装してパーティーに出かけたところまではなんとか記憶しているが、堂上やら小牧やらと会話したのかどうか、会場でのことがよく思い出せない。昨夜のことのはずなのに、記憶がおぼろげだ。
堂上はしばし身じろぎもしないで郁を見下ろしていたが、そこでふーと肺から二酸化炭素を取り出した。長い長いため息。
そして疲弊した表情で言う。
「お前は昨夜倒れたんだよ、熱でな。ここは俺の部屋だ」
「ええええっ! きょ、教官のお部屋ですかっ」
がばと跳ね起きてベッドから飛び降りようとする。それを軽々と押し止め、「ああ、いい、そのままでいろ」と冷静に言う。
「なんで、あ、あたし教官のとこで……?」
プチパニックになったせいか頭がぐらぐらする。それに遅まきながら気がついたが、自分はナースの制服を、着ていない。
なんでパジャマなの? いつも自室で着てるやつ。だ、誰が着替えさせたの?
訳がわかんない!
「まあ、色々あってな。憶えてないならその辺の説明ははしょってもいいところだ」
と言う堂上の目が遠い。
「は、はしょる、って」
郁はまた気がつく。白衣姿の教官。昨夜の仮装を解かないまま。
もしかして……。
「堂上教官、もしかして一睡もしてないんですか? あたしのせいで」
「……お前のせいじゃない」
堂上の声のトーンが一段低くなる。
気にするなと続けて、「夜が明けきる前に部屋に戻れ。人目につかないようにな」と言った。
そしてタイミングを見計らって郁は男子寮から抜け出してきたのだ。
「迷惑かけちゃったなあ。パーティーで倒れて教官に看病させるなんて前代未聞だよ。ましてや、ベッドを独占しちゃったし」
郁は依然凹んだままだ。
「着替えもさせちゃったし?」
「あああ、言わないでそれ!」
郁は頭を抱える。
見られたかもしれないよね。う、ううん、見たよね。
あたしがパジャマで寝てたってことは、誰かが制服を脱がせたってことで、で、昨日一晩傍にいてくれたのは紛れもなく堂上教官なわけで。
いくらあたしの頭のスペックが優秀じゃないからって、導き出せる答えはひとつしかない。
郁は真っ赤になった。伏せているせいで顔は見えないが、耳たぶまで赤い。
柴崎はパジャマの前袷をひしと掴んで身じろぎする郁を面白そうに眺めて言った。
「……大丈夫、教官なら寝てるあんたに不埒なことはしないって」
「そ、それは分かってるけどさあ、でも、でも、は、裸を見られたかもってことだよね」
「まあねえ。下着姿はもろ見られたでしょうねえ」
「ぎゃーっそれ言わないでえお願い!」
じたばたもがいて叫びまくる。うるさいことこの上ないが、柴崎は事実を打ち明けようとは思わなかった。
堂上が、自分を呼んで手伝わせたことを郁に告げていないなら、わざわざ自分の口から言うことは無い。
後は二人の問題よねと温かいまなざしで見つめる。柴崎のそんな視線には気がつかず郁は、「どうしよう、どうしたらいいの」とおたつくばかりだ。
柴崎はコタツから立ち上がった。
「聞けばいいんじゃない? 直接。教官に。あたしの裸、どうでしたかって」
「柴崎!」
手近にあったクッションを投げつける。柴崎は笑ってそれを受け止めた。
「それだけ元気が戻れば大丈夫そうね」
とコートとお財布を用意する。
「出かけるの?」
「ん。コンビニでも行ってこようかと思って。雑誌とか買い込んでくる。あんたも読むでしょ」
「……うん」
すとんと郁の肩が落ちた。
「あと、何か必要なもの無い? ついでに買ってくるけど」
「アイス食べたい」
「わかった」
じゃあ行ってくるね。柴崎が言ってコートを羽織り、出て行った。
一人残された部屋で郁は「ありがと」と呟く。
ついでとか言って出かけたけど、きっとあたしのためだ。今日一日部屋から出られないあたしのため、雑誌とか……。
そういえば、看護師の制服とか用意してもらったお礼もきちんと言ってなかったな。ごめん、柴崎。郁はひとりごちる。そして、あ、あの制服って一体今どこにあるんだろ。借り物なのに、と青くなった。
もしや、教官の部屋……?
郁は戸惑った。でも、コタツに入ったまま携帯を手繰り寄せフラップを開く。
意を決して、堂上の番号を呼び出した。
柴崎にもだけど、あたし、しっかり昨夜のお礼、教官に言ってない。
一晩、付き添ってくださってありがとうございました。ちゃんと言わなくちゃ。そして、……。
郁は緊張の面持ちでコール音を聞く。教官は今どこだろう。部屋かな、それとも出先かな。
今日は確か非番だったはずだけど。もしかして自分が休みを取ってるせいで、休日出勤しているかもしれない。
堂上のことを思いながら郁は携帯を耳に押し当てる。
胸がどきどきする。
その目に、窓の外にちらつく白い光が映る。
思わず郁が声を上げた。
「あ、雪」
粉雪が振り出した。ダイヤモンドダストのように陽光を受けてきらきらと空を舞う。
きれい、と思い見つめていると、
「はい、堂上」
そこで、電話が繋がった。
「お」
「あら」
偶然、寮の近くのコンビニで手塚は柴崎と出くわした。
手塚はスーツに黒のロングコート姿。柴崎は普段着用のダッフルコートだ。
「仕事帰り? 早いのね」
「今日は半ドンなんだ。って古いか、言い方が」
お前は、と訊かれ、柴崎はバスケットを持ち上げてみせる。まだ何も入っていない。
「買出し。同室のものが臥せっておりまして」
「ああ。大変だな」
合点がいったように手塚が頷く。
「熱は下がったから大丈夫。でも今日は大事取っておとなしくさせておこうかと」
「お前が大変だって意味だよ。具合悪い同室置いて出かけるわけにはいかないもんな」
クリスマスなのにな。そう言って陳列棚をゆっくり回っていく。
「……なんかおごってやってよ、あの子に。あんたから差し入れって言って渡すから」
自然とその背中を追う形で、柴崎がついていく。
「いいよ。何がいいかな」
「そうねえ。ハーゲンダッツとか?」
「お前、……露骨に一番高いアイスとかさらっと口にするよなー」
柴崎は笑った。
「いいじゃない。クリスマスだもん、奮発して?」
「うーん」
有線からはマライヤのクリスマスソングが流れている。ここ数週間あっちでもこっちでも掛かっていて、食傷気味と思っていたが、案外いいかも、と柴崎は思う。
こんな風にコンビニの中を巡るだけでも、なんだかデートしてるみたい。
と、そこまで思って、あまりの乙女ちっくさに赤面する。
やだ……。あたしとしたことが。
【最終話】
web拍手を送る
叶わぬ願いのようです…
まだ観ていないので楽しみです。
手柴連載に最後までお付き合いくださいまして、コメントも寄せていただきまして
本当に有難うございました。