CD-R~6~ 【今夜は聖夜~完全版~】(有川作品オムニバス)
星の光のように、雪の欠片のように、
幸せが、君にずっと降り注ぐように――
「参ったなあ」
電話を終えて、ぐったりと憔悴した様子で手塚が漏らした。
ローテーブルに携帯を放り出す。軽量仕様のはずが、今日に限っては、ずしりと鉛のように重い。
凝ったわけでもないのに、首の後ろを揉みほぐしていた。
長い電話だった。相手は母親だったので、無沙汰している分長くなるのは覚悟していたが、それにしても長話になった。
それまで気を使ってベッドにカーテンを引いてくれていた同室が、端をめくって、「どうしたんだよ、トラブルか」と遠慮がちに声をかけてくる。
手塚は「いや。なんでもない。身内の話」と話を交わそうとした。
「お袋さんか」
「ああ」
「そっか。……まあ、いろいろあるよな」
同室の歯切れが悪いのは、プライヴェートなことにそれ以上踏み込んでいいかというためらいがあるからだろう。
「別に、聞きたくて聞いていたわけじゃないんだが、つい耳に入ってくるからさ……」
手塚が気分を害したと思ったか、饒舌になる。
普段はお互いに干渉はしあわない。そっけないほどの大人の距離感でうまく生活している。
そんな同室にも気を回させるほど、今の電話の内容がこじれていたということか。手塚は苦い思いを胸の辺りに抱えながら言った。
「分かってる」
「なんかあったら言えよ」
「ああ」
いたたまれず、席を立った。ちょっと、飲み物買ってくる、などと見えすいた口実を持ち出して。
外の空気も吸いたかった。
ぱたんと背中で部屋のドアが閉まる音を聞いて、手塚は改めてため息をついた。
部屋のすぐ外は廊下で、中庭に面した窓がずっと続いている。夜なので、廊下の蛍光灯に反射して、中庭は見えずに自分の姿が窓には切り取られてあった。
ひどくくたびれた顔をしていた。
手塚は目をそらした。部屋を出た手前、少し時間をつぶしてからでなくては戻れまい。
重い足取りで、共有スペースに向かい、手塚は内心ひとりごちた。
言えよって言われてもなあ。言えないよな。
木枯らし一号が吹き抜け、日いちにちと寒さを増していく、十二月の日だった。しかも今宵東京は今年の最低気温を観測していた。もしかしたら初雪になるかもしれないと、さっき見たニュースの天気予報士が明るく言っていた。その声のトーンと作ったような笑顔さえ気に障る。ささくれ立っている。手塚は自覚し、またひとつため息を生み出した。
暖房が入っていない廊下はひえびえとして、彼の足音も吸い取る。
わずかに身を縮め、寒さをやりすごしながら、さっき母親に言われたことを思い出し、さらに気が滅入る手塚だった。
柴崎は不愉快だった。
不愉快、極まりない。
「ねえ聞いた? お見合いするんだってね、手塚」
そのニュースを人づてに聞いたのが自他共に認める情報屋である自分のプライドに引っかかったせいか、それともそれを聞いたとき、「え」と思いっきり素で驚いてしまったのをよりによって広瀬にばっちし見られたせいなのか、どちらの理由なのかは分からない。
とにかく出し抜けだった。カウンター業務中、利用客が途切れた際に二、三、言葉を交わす程度は上司にも黙認されている。それでも他愛ない会話がほとんどだ。
ただ、今日は違った。広瀬はとんでもない隠し玉をもっていた。
なんとか自制して「そうなの」と返すのがやっとだった。声がぶれないように、平静を装って。
広瀬は勘がいい。目をきらりと光らせ言葉を続けた。
「もしかして、初耳? まさかね、あんたに限って」
柴崎はにこりと笑みを浮かべて見返した。
「もしかしなくても初耳よ。って、なんであたしに限ってなの?」
「あんた手塚と仲いいじゃん。てっきり本人から直接聞いてるんだと思って」
広瀬は巧みにあてこすりと好奇心を織り交ぜて探りを入れてくる。柴崎は笑みを崩さず、
「仲がいいっていっても、笠原経由でね。ところで手塚の見合いの話の信憑性は? ニュースソースはどこ」
広瀬は目の端に優越感を滲ませた。情報戦で、柴崎の上に立つことなどめったにない。この優位をしばし味わいたいとでもいうように、思わせぶりな態度でカウンターのはしっこなぞを指で弾いてみせる。
「それは言えないわ。でも、電話してるのをたまたま聞いたんだって。なんでもお母さんが強硬に粘ってるとかで手塚も折れたみたいだって」
柴崎はざわりと心が波立つ。それが、この得意げに自分に情報の端くれをちらつかせては悦に入っている広瀬のせいだと思い込もうとする。
「ふうん。手塚が見合いねえ」
「気になる?」
カマをかけてくるが、そんな安い誘いに乗るほど落ちてはいない。
「別に。手塚には手塚の事情があるでしょ」
「ふーん」
広瀬はまだ何か言いたそうだったが、そこで「あのうすいません」と年配の女性が声をかけてきたので、これ幸いとばかり柴崎は「なんでしょう」と営業用のスマイルに切り替えて、応対に専念した。
いや、専念する振りをした。
手塚が見合いをする。
根も葉もない噂かもしれない。裏がきちんと取れているとも思えない。
でも、その噂が一日じゅうずっと頭にこびりついて、どうしても離れてくれなかった。
(【星のように雪のように】冒頭文から)
※
ブログで2011年連載していた図書戦クリスマスもの【今夜は聖夜】(全年齢対応)
それのパラレル初夜編【今夜は聖夜~Anohter party~】(R指定)
そして、空の中のCP 春名&光稀で【君の中のプラネタリウム】(R指定)
ブログにて好評いただいています【クリスマス大作戦】(2008)と
期間限定で公開していた、これも手柴のクリスマスもの、【星のように雪のように】(2009)も収録。
全5話でお送りします。
今まで書きためたクリスマスものをひとつにまとめてみました。(【プラネタリウム~】は違うのですが)
オフ本、三冊ぐらいできそうな、すごいボリュームです。汗
ブログマガジン購読でしか読めなかったもの、期間限定公開だったたもの、それぞれもっと沢山のみなさまにお読みいただきたく、季節感無視で配布いたします。
手にとって、お好きなときに甘いクリスマスを手繰り寄せてくださると嬉しいです。
R18の内容が盛り込まれますので、18歳未満の方には販売できません。お申し込みを固くお断りします。
なお、年齢を満たして申し込みしてくださった方は、Rの内容を含む話であることを了解した上でお求めになったとみなしますので、後からのクレーム等一切お受けできません。あくまでも自己責任での購入と購読をお願いいたします。
<お値段>
送料込み700円です
(他のCD-Rと一緒にお求めの際は割引させていただきます)700円⇒500円
発送は1月上旬からを予定しております。
<動作確認>
WORDにてテキスト文章で書いています。
Windows XP,VISTA対応確認
一太郎、マックの方は申し訳ありません……。
<発送方法>
メール便
<不具合発生の場合>
CD-Rの作成と動作の確認は責任を持って行いますが、
なにぶん家内制手工業ですので(汗)、動作の不備、不具合がまれに生じる事も考えられます。
お手元に届いた品物が文字化けしている、ファイルが開けないなどの不具合が生じた場合は、CD-Rの交換を行いますので、お手数ですが購入者さまのほうから普通郵便などで異状のあったCD-Rをそのまま返送してください。その際の切手代も必ず後でお返しいたします。
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