思い立ったが沖縄。
ということで、今光稀と春名は沖縄に来ている。夏のバカンス。いつも仕事が忙しくて寂しい思いをさせている茜のため、家族サーヴィスも兼ねて。
三人は国際通りを歩く。茜の手を二人がそれぞれ繋いで。ブルーシールアイスを食べながら、店を冷やかす。
「後でちんすこう買いたい。土産に」
物珍しそうに店先を覗きながら呟く光稀に、
「空港で買ったら? 今買うと荷物になっちゃうよ」
と春名。
「そうか。それもそうだな」
「ママ、ちんすこうってなあに?」
「ちんすこうっていうのはね。沖縄のお菓子だよ」
傍目から見ても微笑ましい家族の光景。
特に茜ははしゃいでいる。初めて南国で夏休みを過ごすという高揚感と、仕事から離れてオフの時間を満喫する光稀とずっと一緒にいられるというのが嬉しくて仕方がない様子だ。
「茜、楽しいかい?」
春名が訊く。
「うん、すごく」
「気に入ったみたいだね、沖縄」
「よかった」
光稀が微笑む。夏の日差しに照らされて、素肌が輝く。
いくつになっても美しい。出会った頃と全く変わらない。春名は妻を見て目を細めた。
「パパとママは沖縄は初めてじゃないの?」
「うん。結婚する前に来たことがあるんだよ」
「パパとママがラブラブな恋人同士の頃?」
最近おしゃまになった茜がすかさず言うと、春名はおかしそうに笑った。
「そうだね。婚前旅行ってやつだね」
「ばか、子供に向かって何言ってる」
光稀が春名をにらむ。茜の頭越しに。
春名はごめんごめんと謝ってから、「あのときも楽しかったよねー、旅行」と続けた。
「そう、だったか」
「あれ、もしかして忘れちゃってる? 光稀さん」
「忘れた訳ではないけど……」
なんだか歯切れ悪い。
そんな夫婦のやり取りを見つめて、茜が言った。
「ねえねえ。パパたちが初めて沖縄に来た頃の話、聞かせて?」
自分が話題から置き去りにされるのがいやなのだ。会話に入ってこようとする。健気さが愛しい。
「話かあ」
春名が斜め前方を見遣る。
国際通りはいつ来ても結構な人出だ。額に汗し、店を回る家族連れやカップルで溢れかえっている。
きっと自分たちもあんなふうに幸せそうに誰かの目に映ってるんだろうな。そう思っていると、答えがないのに焦れたのか、
「ラブラブだったんでしょう。【こんぜんりょこう】、の時も」
茜がせっつく。
「茜、そんなこと口にしちゃだめ」
真っ赤になって光稀がたしなめる。辺りを少し窺って。
「どうして?」
「どうして、って、それは」
言葉に詰まる光稀を見て、春名は声を上げて笑った。
「ラブラブだったよ。かなりいちゃいちゃした」
ね? 光稀さん。
そう言うと、彼女はさらに赤くなった。
「いちゃいちゃ?」
春名の言葉に茜が敏感に反応。
両親の仲がいいというのは、娘にとって何より嬉しいことなのだろう。
「そう。いちゃいちゃ」
春名は茜の口調を真似て光稀を見遣る。光稀は黙り込んだ。照れくさすぎる。
あの頃もこうやって二人でここを歩いたよね。そう囁いて、春名はゆったりと前を進む。
その横顔を憶えてる。光稀は思う。
こんな風に夕景、風を受けながら歩いた。
生ぬるく、けれどどこか心地いい南国の風の中をあの時も二人。
懐かしさが胸を過ぎった。
(中略)
「すまん。……今日、私、だめな日なんだ」
光稀が唇を噛む。
どうしても切り出せなかった。もっと早く、もっと早くと思っていたのだが。
失望した春名の顔を見るのがいやで。がっかりさせたくなくて。
いや、がっかりした空気がせっかくの再会に流れるのがいやで。打ち明けられなかった。
ひと月ぶりなのに。
しかし、意表を突いたもので春名はけろっとして「え? ああ。知ってるけど」と言った。
「え?」
光稀が訊き返す。
「知ってるよ。女の子の日なんでしょ」
「……し、ってる? なんで……?」
光稀はまばたきもできなかった。
「だって。基本でしょ。おつきあいの相手の生理周期、気にかけるの。光稀さんの周期はきっかり二十八日だもん。ちょうど今日二日目だよね」
春名は邪気なく笑う。握っていた光稀の両の拳がぶるぶると震えた。
「~~そんなの、わざわざ、口にせんでもいいっ!」
ぼかっ。
久々手加減なしのパンチが繰り出された。
春名の上腕にもろヒット。
「いってえ」
「泣き声をあげるな。女々しいっ」
光稀は更に拳を振り上げる。春名はたまらず身を引いた。
「な、なんで怒るの。俺なんか悪いこと言った?」
「悪いことって。――もう、鈍いんだよ。お前。私が生理だって知ってて、知ってたのになんで今日ここに泊まるんだ」
今回の沖縄旅行で春名が予約してくれたのは、最高ランク、五つ星のホテルの一室だ。沖縄サミットで各国首相を迎えたので一躍有名になった。もちろんスイートとはいかないが、洗練されたデザインの家具とひろびろとしたベッド。もちろんオーシャンビュー。素敵な部屋をリザーブしてくれていた。
窓からの景色も日本ではないかのよう。ハワイかグアムにでも来たかのような錯覚を催させる。
まるで楽園のよう。
奮発してくれたのは一目瞭然だ。だからこそ光稀は申し訳なく感じる。
春名は上腕をさすりながら、首をかしげた。
「なんで、って。え、だってひと月ぶりだからでしょ。会えるの。押さえちゃだめなの?? こういうバカンスホテル、嫌いだった?」
あくまでも論点がずれている。光稀はじれた。
「だからそうじゃなくて。――私が生理で、その、そういうことができないってわかってて、それでもこんないいホテルを予約するのか。そんなのもったいないじゃないか」
喚くとますます春名が怪訝な顔になる。
あのさあと前置きして、
「論点がずれてるのはなんとなくわかった。あのね、確認しとくけど。俺が光稀さんとホテルに泊まったり、旅行に誘ったりするのは、そういうことしたいからってわけじゃないよ? もちろん男だからさ、下心皆無とは言わないけど、それよりももっと楽しみなことがあるからだよ。そこんとこ、あなたは分かってる?」
少し屈んで目をじっと覗き込む。
光稀はひるんだ。とっさに声が出てこない。
「そ、それは」
春名はため息をついて手を伸ばし、光稀を囲った。腕の中にそうっと。
光稀が身を固くしたが、拒みはしなかった。身を預ける。
「あなたにこうやって触りたいからだよ。人目を気にせずキスしたいからだ。で、時間を気にしないで夜通し話がしたいから」
逢いたかったよと、さらりと口に載せる。
たまらず光稀が唇を噛んだ。さっきは言いよどんで。今は涙を堪えるために。
そして、
「――ごめん。殴って」
ほんとはすごく嬉しい。それだけ呟いて春名の背に指を立てすがりついた。
(このつづきは今秋発売予定のオフ本「PARADISE」にて)
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ラインナップ
ということで、今光稀と春名は沖縄に来ている。夏のバカンス。いつも仕事が忙しくて寂しい思いをさせている茜のため、家族サーヴィスも兼ねて。
三人は国際通りを歩く。茜の手を二人がそれぞれ繋いで。ブルーシールアイスを食べながら、店を冷やかす。
「後でちんすこう買いたい。土産に」
物珍しそうに店先を覗きながら呟く光稀に、
「空港で買ったら? 今買うと荷物になっちゃうよ」
と春名。
「そうか。それもそうだな」
「ママ、ちんすこうってなあに?」
「ちんすこうっていうのはね。沖縄のお菓子だよ」
傍目から見ても微笑ましい家族の光景。
特に茜ははしゃいでいる。初めて南国で夏休みを過ごすという高揚感と、仕事から離れてオフの時間を満喫する光稀とずっと一緒にいられるというのが嬉しくて仕方がない様子だ。
「茜、楽しいかい?」
春名が訊く。
「うん、すごく」
「気に入ったみたいだね、沖縄」
「よかった」
光稀が微笑む。夏の日差しに照らされて、素肌が輝く。
いくつになっても美しい。出会った頃と全く変わらない。春名は妻を見て目を細めた。
「パパとママは沖縄は初めてじゃないの?」
「うん。結婚する前に来たことがあるんだよ」
「パパとママがラブラブな恋人同士の頃?」
最近おしゃまになった茜がすかさず言うと、春名はおかしそうに笑った。
「そうだね。婚前旅行ってやつだね」
「ばか、子供に向かって何言ってる」
光稀が春名をにらむ。茜の頭越しに。
春名はごめんごめんと謝ってから、「あのときも楽しかったよねー、旅行」と続けた。
「そう、だったか」
「あれ、もしかして忘れちゃってる? 光稀さん」
「忘れた訳ではないけど……」
なんだか歯切れ悪い。
そんな夫婦のやり取りを見つめて、茜が言った。
「ねえねえ。パパたちが初めて沖縄に来た頃の話、聞かせて?」
自分が話題から置き去りにされるのがいやなのだ。会話に入ってこようとする。健気さが愛しい。
「話かあ」
春名が斜め前方を見遣る。
国際通りはいつ来ても結構な人出だ。額に汗し、店を回る家族連れやカップルで溢れかえっている。
きっと自分たちもあんなふうに幸せそうに誰かの目に映ってるんだろうな。そう思っていると、答えがないのに焦れたのか、
「ラブラブだったんでしょう。【こんぜんりょこう】、の時も」
茜がせっつく。
「茜、そんなこと口にしちゃだめ」
真っ赤になって光稀がたしなめる。辺りを少し窺って。
「どうして?」
「どうして、って、それは」
言葉に詰まる光稀を見て、春名は声を上げて笑った。
「ラブラブだったよ。かなりいちゃいちゃした」
ね? 光稀さん。
そう言うと、彼女はさらに赤くなった。
「いちゃいちゃ?」
春名の言葉に茜が敏感に反応。
両親の仲がいいというのは、娘にとって何より嬉しいことなのだろう。
「そう。いちゃいちゃ」
春名は茜の口調を真似て光稀を見遣る。光稀は黙り込んだ。照れくさすぎる。
あの頃もこうやって二人でここを歩いたよね。そう囁いて、春名はゆったりと前を進む。
その横顔を憶えてる。光稀は思う。
こんな風に夕景、風を受けながら歩いた。
生ぬるく、けれどどこか心地いい南国の風の中をあの時も二人。
懐かしさが胸を過ぎった。
(中略)
「すまん。……今日、私、だめな日なんだ」
光稀が唇を噛む。
どうしても切り出せなかった。もっと早く、もっと早くと思っていたのだが。
失望した春名の顔を見るのがいやで。がっかりさせたくなくて。
いや、がっかりした空気がせっかくの再会に流れるのがいやで。打ち明けられなかった。
ひと月ぶりなのに。
しかし、意表を突いたもので春名はけろっとして「え? ああ。知ってるけど」と言った。
「え?」
光稀が訊き返す。
「知ってるよ。女の子の日なんでしょ」
「……し、ってる? なんで……?」
光稀はまばたきもできなかった。
「だって。基本でしょ。おつきあいの相手の生理周期、気にかけるの。光稀さんの周期はきっかり二十八日だもん。ちょうど今日二日目だよね」
春名は邪気なく笑う。握っていた光稀の両の拳がぶるぶると震えた。
「~~そんなの、わざわざ、口にせんでもいいっ!」
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久々手加減なしのパンチが繰り出された。
春名の上腕にもろヒット。
「いってえ」
「泣き声をあげるな。女々しいっ」
光稀は更に拳を振り上げる。春名はたまらず身を引いた。
「な、なんで怒るの。俺なんか悪いこと言った?」
「悪いことって。――もう、鈍いんだよ。お前。私が生理だって知ってて、知ってたのになんで今日ここに泊まるんだ」
今回の沖縄旅行で春名が予約してくれたのは、最高ランク、五つ星のホテルの一室だ。沖縄サミットで各国首相を迎えたので一躍有名になった。もちろんスイートとはいかないが、洗練されたデザインの家具とひろびろとしたベッド。もちろんオーシャンビュー。素敵な部屋をリザーブしてくれていた。
窓からの景色も日本ではないかのよう。ハワイかグアムにでも来たかのような錯覚を催させる。
まるで楽園のよう。
奮発してくれたのは一目瞭然だ。だからこそ光稀は申し訳なく感じる。
春名は上腕をさすりながら、首をかしげた。
「なんで、って。え、だってひと月ぶりだからでしょ。会えるの。押さえちゃだめなの?? こういうバカンスホテル、嫌いだった?」
あくまでも論点がずれている。光稀はじれた。
「だからそうじゃなくて。――私が生理で、その、そういうことができないってわかってて、それでもこんないいホテルを予約するのか。そんなのもったいないじゃないか」
喚くとますます春名が怪訝な顔になる。
あのさあと前置きして、
「論点がずれてるのはなんとなくわかった。あのね、確認しとくけど。俺が光稀さんとホテルに泊まったり、旅行に誘ったりするのは、そういうことしたいからってわけじゃないよ? もちろん男だからさ、下心皆無とは言わないけど、それよりももっと楽しみなことがあるからだよ。そこんとこ、あなたは分かってる?」
少し屈んで目をじっと覗き込む。
光稀はひるんだ。とっさに声が出てこない。
「そ、それは」
春名はため息をついて手を伸ばし、光稀を囲った。腕の中にそうっと。
光稀が身を固くしたが、拒みはしなかった。身を預ける。
「あなたにこうやって触りたいからだよ。人目を気にせずキスしたいからだ。で、時間を気にしないで夜通し話がしたいから」
逢いたかったよと、さらりと口に載せる。
たまらず光稀が唇を噛んだ。さっきは言いよどんで。今は涙を堪えるために。
そして、
「――ごめん。殴って」
ほんとはすごく嬉しい。それだけ呟いて春名の背に指を立てすがりついた。
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空のCP大好きです☆
必ず買います。
オフ本、何冊もお疲れ様です。
大変な作業本当にありがとうございます。
楽しみが待ってると思うと日々のストレスも吹っ飛びますww
楽しみです!かわいいんですもの!
>まききょさん たくねこさん
いつもコメント有難うございます。
遅々として進まない「PARADISE]です。書くのに一年以上もかかってます。
でもこうなったら納得いくまで推敲しようと決めたので(汗)気長にお待ちいただければ助かります。。。