背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

シロツメクサの花冠を君に【1】~ハチクロ二次創作 野宮×あゆみ

2012年11月04日 07時47分04秒 | ハチクロ二次 野宮×あゆみ
第一章 君の「ほんと」を知ってるよ


山田あゆみにスペインから一通のエアメイルが届いたのは、葉桜を過ぎた新緑の季節だった。
封書ではなく絵葉書で。
書き添えられていたのはたった一文。くせの強い、少しだけ悪筆の文字で。
あゆみはその見慣れた文字を何度も目で追った。何度追っても内容は変わらない。
それを分かっていても、真山から、海を超えて届いたのだと思うと、どうしてもそこに書かれてある文字から目を離せなかった。


大学の帰り、藤原デザインに足を向けるのはなんだか気が重かった。
でも依頼された陶器の釉薬について、もう少し具体的に詰める必要があった。美和子に会うには事務所に出向かなくてはならない。
美和子や、事務所のひとに会うのは構わない。構うのは、――
「こんばんは。山田です」
 ひょいとドアから顔を覗かせる。一流のデザイン事務所だけあって、デスクやソファなど、普通の店では見かけないスタイリッシュなものが置かれている。ちょっとした雑貨や小物もみなハイセンスだ。そのせいか、書類や模型があちこち見えるのに雑然とした感じがしない。
「美和子さんいらっしゃいますか」
「あー、山田さんいらっしゃい」
窓際に置かれたマッサージチェアに寝そべった美人があゆみを見て手を挙げる。その身体の上に乗っていたリーダーが一声鳴いてあゆみのところまで駆け寄ってきた。
わふわふ言いながら尻尾を千切れんばかりに振る。
あゆみは屈んで歓迎を表すリーダーの鼻先に自分の鼻をくっつけた。
やわらかい毛並み、温かい鼻息があゆみの気持ちを和ませる。
「ごきげんよう、リーダー」
おひさしぶりです山田さん。
「ごめんね、今日はお土産はないの」
そんな、お気遣いなく山田さん。
ひとしきり挨拶を交わしていると。
「そんなのはいいのよう。気にしないでいつでも来て」
 美和子が、あーすっきりしたと大きく伸びをしてチェアから降り立った。こきこき首を鳴らしながらあゆみに近づく。
「参ったわー。仕事立て込んでて健康ランドにも行けやしないのよ」
 事務所備え付けの冷蔵庫から栄養ドリンクを取り出す。ぐいっと封を切り中身を飲んだ。
 そうは言うものの、美和子の肌の色艶はいい。とても疲労しているようには見えない。
「お疲れ様です。すいません、お忙しいのに打ち合わせなんかお願いして」
「いいのいいの。いつでも寄ってね。こんな可愛いお客さんならいつだって大歓迎なんだから。それに山田さんが来ると特別喜ぶ男もいるしね」
 意味深な目線を送られて、あゆみは真っ赤になる。
「な、なんのことですか」
「あ~、とぼけちゃう? まあいいわ」
 美和子は笑って応接室にあゆみを通した。
「の、野宮さんは今日はいらっしゃらないんですか」
 さっきから、勝手に目が探してしまう。夕刻、人気の空いた事務所の中に彼の姿が見えない。
 ほっとしたような、肩透かしを食ったような。あゆみの胸を複雑な風が通り過ぎる。肩にかけたトートバッグのショルダーをきゅっと握りなおした。
 美和子はにんまりと口角を吊り上げて見せた。
「野宮ねー。今日は山崎と外勤なのよね。新規受注のお客さんとの打ち合わせでね」
「そ、そうですか」
 直帰なのかな。今夜は戻らないのかな。
「会いたかった? 何か野宮に話でも?」
 ストレートに訊かれ、「あ、いえそういうわけではなくて」ととっさに答えたところにいきなり「なんだ、そうなの」と別の声が割り込んでくる。
 あゆみは魂消た。
 背後に野宮当人が立っていたのだ。
 心臓が口から飛び出しそうになる。
「の、野宮さん、い、いつからそこにっ」
 気配、気配がなかったっ。
 思わずバッグを胸の前で抱きしめてガードの態勢を取る。
 野宮はけろりとした顔で「いつって、さっきから。いらっしゃい山田さん」と眼鏡の奥から言った。
「み、美和子さん。来たって気づいてたんなら教えてくれたって」
「あは、ごめんごめん」
 茶目っ気たっぷりに笑うので、それ以上怒れない。
 野宮は美和子に向かって、黒のブリーフケースを差し出した。仕事関係の書類が納められていると分かる、頑丈なものだ。
「これ、取引先から。山崎は用事があるって言って先に帰りました」
「お疲れ。あんたも直帰コースでよかったのに」
 ケースを抱えにやにやと人の悪い笑みを浮かべて、美和子は山田にそっと耳打ちした。
「今日山田さんがこっちに寄るって分かって、さっきメールしておいたの。途中まで帰りかけてたのに、慌ててUターンしてすっとんできたのよ、野宮」
「え」
 あゆみが硬直する。野宮はからかわれるのは慣れているのか、「余計なことは言わんでいいですよ。姐さん。さ、さくっと打ち合わせしたらどうすか」と促した。
「ああそうね。どうする? 野宮も入る?」
「いや、俺は。こっちにいます」
 終わったら声かけてください。自分のデスクに向かいながら、野宮は美和子ではなくあゆみに言った。
「俺になんか話でも?」
「え」
「いや。さっき、なんか何かを言いたそうだったから」
あゆみは返答に困った。
とっさに長四角をしたおおきめの葉書が頭をよぎる。
「別に、話っていうほどのものでは」
 言葉を濁す。
 自分でも分からないのだ。今日、野宮に会って何を言いたかったのか、それとも何も言いたくなかったのか。
 どっちなのか。
 野宮はあゆみの困惑をいつものように自然に受け入れて、
「ふーん。ま、いいや。晩飯、食べよう? いいよね」
 彼女が返事をする前に席に着いてしまう。ぎち、と椅子のキャスターを鳴らして。
 応接室のドアノブに手をかけて、美和子が聞こえよがしに突っ込んだ。
「気取っちゃって。嬉しいくせにね。素直じゃないったら」
「聞こえてますよ姐さん」
 背中で威嚇するも、長めの髪から覗く耳たぶが赤かった。
「はいはい、じゃちょっと山田さん借りるわね」
 愉快で仕方がないといった風に美和子が笑った。


 ――あたしはずるいのだろうか。
 野宮の気持ちを知ってて、彼の周りを着かず離れず軌道を見失った人工衛星みたいにうろついて。
 仕事のついでみたいに藤原デザインに立ち寄って、たあいないおしゃべりをしたり、たまには一緒にリーダーの散歩に出かけたり。
 同じ星空を見上げたり。
 そんなことを繰り返すあたしは、不誠実なんじゃないか。
 誰に? ――そうあゆみは自問する。
 あたしのこと、好きになってくれた野宮さんに? それとも全身全霊をかけて、好きになった真山に?
 自分自身に?
 分からない。でも、ずるいものはずるい。
 それだけは分かる。けれどもどうしようもない。
 真山をまだ完全に思い切れないのも、野宮から離れられないのも事実。偽りのない、今の気持ちなのだから。
 踏ん切りのつかないまま、いまあたしはここにいる。ドア一枚隔てたところで、自分を待っている野宮のことを気にかけながら。
あゆみは早く終わってほしいようなほしくないような、相反する気持ちを抱えたまま美和子との打ち合わせを続けた。

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1 コメント

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はじめまして.* (ゆり)
2013-10-24 04:12:41
急なコメント失礼します。このお話が大好きで第5章以外を真昼の月で何度も読ませて頂きました。

冊子販売はもう終わってしまいましたよね?つい先日このお話を知ったので随分時間が経ってしまっていて..

もし良かったら再販の事を考えて頂けると嬉しいです。限定公開だった第5章が読める日を楽しみに待っていますね.*
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