村の入り口にある一本杉。樹齢はもちろん、100年を過ぎ、この村の歴史を高い視点から見守ってきた。第二次大戦中、この木のある東側の山の方に兵舎があった。兵士たちはこの木の下に集まって昼食をとり、いっときの昼寝をむさぼった。村を出て、駅へ向かう若者たちを、いったいどれだけの人々がこの杉のところで見送っただろうか。
戦後の混乱期が過ぎると、若い人々は都会を目指した。集団就職という言葉が生まれるほど、大都市の労働力として生まれた田舎を後にした。一本杉は村を離れる若者を見送るシンボルとして各地に存在した。今回の写真は、義母の生まれた尾花沢市寺内の一本杉である。この杉は集団就職というより冬の初め出稼ぎに行く男たちを見送り、春になって土産を持って帰村するのを出迎えるシンボルとして村の人々の記憶に残っている。同じ尾花沢の名木沢の一本杉は、樹齢1500年と言われるほど、巨木として有名である。
昭和の名曲として思い出されるのが、春日八郎の歌った「別れの一本杉」である。都会へ出て行く男が、村に残した恋人との悲恋の歌である。
泣けた泣けた
これえ切れずに 泣けたっけ
あの娘と別れた 哀しさに
山のカケスも 啼いていた
一本杉の
石の地蔵さんのヨー 村はずれ
この歌でも一本杉は、都会をめざす若者が離れていく田舎のシンボルとして歌われている。
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