年明け早々、悲惨なニュースが多すぎる。能登半島の道の亀裂を被うような雪が降った。避難所には、暖をとる手立てもないらしい。テレビで見る被災地の様子に、行動を起こすことのできないもどかしさが募る。こんなストレスを紛らわせてくれるのは幕末の歌人、橘曙覧の歌だ。たのしみは、で始まる「独楽吟」の連作。幕末という動乱の時代が、今日の国の危機に通じるものがある。
たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食ひて火にあたるとき
たのしみはそぞろ読みゆく書の中に我とひとしき人をみしとき
ミストラルと呼ばれる北風がある。青空の光る南仏プロバンスに移住したばかりのイギリス人夫婦は、この北風の洗礼を受ける。アルプスから吹き下す風は、ローヌ渓谷で速度を増し、プロバンスを直撃してマルセイユから地中海へと吹き抜ける。夏は冷たい風となって涼しい夏をもたらすが、年明けの冬にはとんでもない北風の猛威となる。
「風は屋根瓦を何枚か引き剝がしてプールに飛ばし、うっかり閉め忘れた窓を蝶番からむしり取った。気温は一日のうちに20度も下がり、たちまち氷点下6度になった。マルセイユの気象情報によれば風は時速180㌔を記録したという。」(メイル『南仏プロバンスの12か月』)
この北風は、移住したばかりの夫妻の家の水道管を破裂させ、その修理にきた管工職人の仕事ぶりが紹介される。凍てつく冬のプロバンスは、人が姿を消し、町は静まりかえる。だが一歩屋内に入れば、赤々と燃える暖炉の部屋で、親戚や知人が集まる食事会が開かれえる。自家製のピザはアンチョビ、キノコ、チーズの3種類。少なくとも3種類を1枚食べるのが礼儀だ。ウサギとイノシシとツグミのパテ。ブタの角切りのテリーヌ、コショウの実の入ったソーセージ。トマトソースに泳がせたタマネギのマリネ。続いて出てくるカモ料理。これで終わりではない。マダム自慢のウサギのシチュー、オリーブ油で揚げたニンニク味のパン、山羊のチーズの塊。オードブルはこの家の娘が腕を振るったアーモンドとクリームのガトー。
プロバンスの冬をしのぐには、これだけの高カロリーの食事がある。能登の寒い避難所に思いを寄せながら、ピーター・メイルの本を読んだ。ネットの番組で、地震国イタリアの避難所が紹介されていた。プライベートを守る広いスペース、供される食事も日本のものとはまるで違う。経済大国を誇った日本の、被災地の現状があまりにも貧弱だ。