尋常じゃない同調圧力
すこし前、“鼻までマスクをかけていない”ことを咎められて、諍いになったというニュースがあった。正義の行使はなかなかむずかしいようである。
マスクは鼻までかけてないと効果がないらしいということは多くの人が知っているだろう。しかし実際に電車の中で見知らぬ人に指摘されて、素直に従えるかどうかというのはまた別の問題である。居丈高に、きみは間違っているから直せ、と高圧的に言われても、「おれが正しいのだ、間違っているのはおまえだ。直せ」というふうにしか聞こえなかったら、なかなか素直には従いにくい。
NHK朝ドラ『エール』は、戦争に協力していた作曲家を主人公に据え、これまでと違う「ふつうの人にとっての戦争」を描いていた。戦前から戦中の「戦争を協力せざるをえなかった空気」がリアルに描かれ、それがこの「コロナの年」に放送されていることに奇妙な符合を感じている。
ちょっとそこの話をしてみる。
新型コロナの話ではない。あくまでコロナの年の社会気分から、朝ドラエールに描かれていた戦時中の気分を想像できるのではないか、という話である。つまり現状から過去を想像してみるということだ。
どうも昭和12年ころから20年までの日本が息苦しかったのは「戦争」よりも、戦争を口実にした「尋常じゃない同調圧力」のほうが大きな要因だったのではないか、とおもうのだ。
むかしもいまも、われわれが気をつけなければいけないのは、「大言壮語で飾った観念的思想に巻き込まれること」ではなく、「まわりの人たちと同一化していかなければいけないとおもいこむ内側の気分」なのではないだろうか(でも、マスクは鼻までかけましょう)。
横からの同調圧力が一番怖い
ドラマ『エール』では、主人公は戦争に参加できなかった負い目もあり、人を元気づけるためと、戦意高揚の音楽を作っていく。軍部にも一目置かれるような存在だった。
おそらく当時の壮年男性として、ふつうの態度だったのだろう。
ただ、彼の妻(二階堂ふみが演じている)はそれほど戦争に協力的ではなかった。「銃後の婦人たちの集まり」にあまり積極的に参加してなかった。姉に引っ張られて何度か参加していたが、そこには「とても怖い班長さん」がいて、威圧的で、みんな怖くて彼女に従っていた。
戦時中の日本社会を描いたドラマでは、だいたい「主人公の近所にいる戦争協力者」は威圧的で高圧的で嫌な人に描かれていて、その類型から逃れない。
そこのところが、いつも不思議である。
威圧的ではない人のほうがリアルだし、より怖いとおもうのだが、あまりそのタイプは登場しない。
威圧的な班長さんは、主人公にとって(見てる人にとっても)「明確な敵」である。つまり非常時にはわかりやすい敵が現れてくるから気をつけろ、という図解になっている。あまりうまい展開だとはおもえない。
ほんとは「主人公が自分の味方だとおもってた人」が、あるとき説明もせずにいきなり戦争協力をはじめて、あなたはなぜやらないの、と親切にやさしく迫ってくるほうがもっと怖いとおもうしリアルだとおもうのだが、なかなかそういうドラマは作られない。ひょっとしたらまだGHQがどこかで見張っているのかもしれない。
怖いのは上からの命令ではなく(これだと何とか避けられないかと考えることはできる)、横からの「同調しないと排除する」という動きである(これは逃げられない)。
コロナで浮き彫りになったこと
2020年の春、日本政府が「緊急事態宣言」を出したとき、おもったより(私個人がおもったより)多くの人がそれに従っていた。
もともとの予定があったので、4月に何度か山手線に乗ったけれど、一車輌に十人も乗っていなかった。全11車両で100人そこそこしか運んでなかったとおもう。ふだんなら空いてるときでも一両に乗っている数である。
当時は、外へ出たと、SNSに書くだけでも、非難を浴びる状況でもあった。
多くの人が家にいて、密を避け、街から人が消えた。
政府がお願いしたからではなく、自分たちで危険だと判断したから外出しなかったという人もいるだろうが、でも、緊急事態宣言がなければ、あんな状況は生まれなかっただろう。
「このコロナウイルスという敵に勝つにはいまみな一丸となるしかない、協力してください」と政府や都道府県に言われると、なんか違うかもしれない気もするけど、でもまあほかに方法もなさそうだし、みんなそれでいいっていうのなら、しかたないな、と協力したのである。
積極的に協力した人もいれば、かなり消極的な協力の人もいただろうし、なかには協力しようとおもいつつ陰では何度か抜け駆けで出かけたりしてた人もいたとおもう。
でも大きく反対はしていない。なぜこんな国民全員が同じ行動を取らなければいけないのだ、こんな措置は許せない、権力の濫用だと、強く抗議したり、訴えたりした人は日本ではあまり見かけなかった。たぶん日本のひとつの特徴でもあるのだろう。
実際にルールを守らなくても、政府や地方自治体によって罰せられることはなかったが、でも「糾弾」はされた。
怖いのは政府ではなく、「人の目」である。いわゆる「世間さま」だ。
そこは、むかしもいまも変わらない。
政府が決めたことだし、それが間違ってるか間違ってないかといえば即座には判断しかねるけれど、「政府が言うから」ではなく「まわりのみんなが守っているから」というほうを最終的な判断ポイントとして、ぶつぶつ文句を言いながら、外出を自粛し、家で仕事をし、人と会わないようにしていた。そういう人がけっこういたとおもう。
戦下と現代で変わらないこと
それは『エール』の時代、昭和の戦争の時代も同じだったのではないだろうか。
もちろん、1937年(昭和12年)と2020年(令和2年)がまったく同じというわけではない。
昭和12年はいろんな部分でもっと締め付けが厳しく、令和2年のほうはそこまで強制力はなかった。
でもそれは政府側の態度の差であり、それを受け止めてる「わたしたち日本国民の態度」にはさほど差はなかったのではないか、という話である。
政府の大号令があって、国民全体が協力することになると、私たちが気にするのは政府ではなく「世間の目」である。それはSNSがあろうがなかろうが、変わりない。
1937年も2020年もじつは「戦いのために、いまを我慢して、一致団結していただきたい」という掛け声はとても似ている。
それは「いま我慢すれば、きっとわれわれは勝利する」と続いていて、だいたい一緒である。
いまこそ戦時を想像できる
さてこの先は「コロナの感染拡大を止めるために多くの日本人の外出を自粛する要請」からの「荒唐無稽な空想」として聞いていただきたいし、一ミリもこの設定を信じていただきたくないのだが、とりあえず「想像するきっかけ」として変な設定を設けてみたい。
いまから数年後ないしは10年後に「コロナウイルスとの戦いに全面的に負けてしまう」という事態に直面してしまったとして(これが奇妙奇天烈な設定です、基本ありえません)、それは2020年4月の政府判断が間違っていたからだと未来に断定された場合(おそらく日本だけじゃなくて各国政府の判断も間違っていたという荒唐無稽な設定になりますが)、茫然としたあとの世界で生きるわれわれに対して、「なんで母ちゃん(父ちゃんでもおばちゃんでもおじちゃんでも姉ちゃんでも)は政府のいうことをそのまま信じて行動したんだよ」とその時代の記憶がない少年少女に言われたとしたら、どうすればいいか、という問いかけである。
それを想像すれば「はからずも戦争に協力した人が、戦後に直面した事態」を感じられるのではないかという思考の試みです。
2020年の政府の言うことは暴力的な圧制ではないのできちんと聞き入れましょう。
荒唐無稽な仮定ながら、「なんで2020年4月の政府のいうことをそのまま信じて行動したんだよ」と2020年世界を知らない世代から言われたら、何と答えられるだろうか。
正直なところは「いや、どうかなとおもったんだけど、いや、みんなも従っていたから、あのときはあれでいいとおもったんだよ、しかたなかったんだ」というしかないだろう。それが正直な答えだが、たぶん相手は納得してくれない。
つらいのは、自分が積極的に意志決定に参加した自覚はなく何となく流れに乗っただけ、という意識なのに、あとからそれを強く非難されるというところにある。「決定を支持した集団の一員だったから責任を持て」といわれると、それはたしかに正論だが、当事者としては困ってしまう。
「私たちは騙されていて、知らなかった。ただ巻き込まれただけだったのだ」と当時、心のなかでちょっとおもっていたことを軸に、同じく批判側にまわるのが、もっとも安全な態度かもしれない。たしかにその瞬間、ほんとにこれでいいのかという迷いもなくはなかったから、その部分を拡大して、一緒に被害者になれば非難から逃れやすくなる。
そして、それが実際に昭和20年代の日本でも広まっていった態度だとおもわれる。
そういう態度をとれないなら、ただ、黙っているしかない。弁明しても、聞いてもらえず理解してもらえないなら、言質を取られるだけ損するので、黙っていたほうがいい。
そして実際に語らなかった人はとても多かったとおもう。
1945年10月の東京〔PHOTO〕Gettyimages
繰り返しておくが、いま書いているのは昭和10年代から20年代に連続して生きていた人たちの意識の話であって、つまり『エール』の主人公夫妻やその周辺の「かなり戦争に協力していた人たち」の感覚を想像しているばかりである。コロナの話ではない。われわれがコロナとの戦いに負けるとはおもってないし、今年の4月の政府判断が糾弾される事態など来るわけがないとおもっている。そんな可能性は考えられない。ただ、あのときの感覚がまだみんな覚えてるだろうから、そこから昭和前期の日本を想像してみよう、という話である。
新型コロナに対しては政府や自治体の要請をきちんと受け入れて、みんな一丸となって、マスクを鼻までかけて、きちんと立ち向かったほうがいいとおもいます。
人は「思想」で行動することは少ない
歴史的には昭和20年の8月15日で、戦中と戦後に分断されているが、その時代を生きていた人間じたいが分断されることはない。そこの感覚が、のちの時代の人間にはわかりにくい。
多くの人の行動原理は、身近なところにある。
大きく広げられた思想で行動しているわけではない。
東アジア諸国で共栄して生きていくのがすばらしいと信じて戦争に協力したわけではなくて(ごく一部にはいたかもしれないが)、隣の人も向かいの人もどうやら世間のみんなが協力してるから、だったら私たちも協力したほうがいいだろう、と考えた人が多かったとおもう。
自分が所属している共同体でどういう立ち位置がキープできるかが、生きていくうえでとても重要だからだ。
だから思想的なスローガンを攻撃しても、事態はさほどかわらないとおもわれる。
戦争に負けて、戦争が悪かったとおもって、戦争は二度としませんと誓っても、ちょっと筋道が違えば、ふつうに同じことをしてしまう可能性がじゅうぶんにある。
世間の同調圧力に勝つのは、かなり困難である。
どうすればいいのかというと、なかなかむずかしい。
「お上の言うことより、そのあとの世間さまの動きのほうがよほど怖い」ということを強く自覚しておくしかない。そこを覚えていれば、少し対処のしようがある。