不気味なものを見たとき、怖い話を聞いたときなど、直接体に何かが触れたわけではないのに鳥肌が立つことがある。なんとなく「ムリ!」と拒絶していたことが、じつは生きていく上で重要な役割を果たしているかもしれない──。
【写真】本能的に生理的嫌悪を抱く6つのこと。「動物」や「不衛生」など
もしかしたら口にしたことがあるかもしれない、ある“パワーワード”が物議をかもしている。
10月から『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)の月曜レギュラーとなったYouTuber芸人のフワちゃん(27才)。4日に初登場したときも、いつもどおりの自由奔放キャラで番組を盛り上げたのだが、その後、SNSではちょっとした炎上となった。
《フワが不愉快》《フワちゃんが出るならもう見ない》《フワのせいで昼から気分が悪い》といった不快感を表すコメントが並び、《フワちゃんは生理的に受けつけない》といった“生理的嫌悪感”をあらわにするコメントも目立った。
この「生理的にムリ」という拒絶反応は、ママ友の粘っこい話し方、姑の刺すような目つき、夫のクチャクチャ音を立てて食べる癖や爪を噛む癖など、直接何かされたわけではないが、不愉快に感じる人たちに使われるケースが多い。初対面でいきなりそう言われてしまう人もいる。
「個人的な感想ですけど」と前置きしながら、つい口にしてしまうこともあるが、この「生理的にムリ」という言葉によって、過去には議論が巻き起こった。
たとえば昨年9月。エッセイストの安藤和津さん(73才)が当時の自民党総裁選に出馬していた石破茂衆議院議員(64才)について『バイキング』(当時、フジテレビ系)でこうコメントした。
《私、本当にごめんなさい。あのスローなしゃべり方が生理的にダメなんですよ。噛んで含めるようにお話ししてくださるんですけども。いまの時代にあのテンポは合わないと思う》
スタジオは笑いに包まれたが、放送後にインターネット上では「ただの悪口ではないか」と批判の声が少なからず起こった。
国会議員が問いただされた例もある。
2017年6月の衆院憲法審査会で、辻元清美議員(61才)が過去に出版した著書の中で皇室について《生理的にいやだと思わない? ああいう人達というか、ああいうシステム、ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない》などと語っていたことが問題視された。追及を受けた辻元氏はその後、謝罪に追い込まれた。
このように、安易に人々の口にのぼりがちな「生理的にムリ」というフレーズだが、恋愛や結婚といった場面で使われることが最も多いのではないだろうか。婚活をする女性の間では、「いい人なんだけど、生理的にムリ」と結婚への踏ん切りがつかないことが多いという。
さらに厄介なのは、結婚した後にも同じ悩みが生じることだ。夫婦問題研究家の岡野あつこさんが言う。
「離婚を考えている人から、『夫が生理的にムリになった』と相談を受けることはよくあります。この言葉が出てしまうと、夫婦で話し合って改善できる範囲は超越しているので、夫のダメージはかなりのもの。
妻がそこまで拒絶するのは暴力が原因の場合もありますが、夫のマザコンぶりや浮気、風俗通いが発覚したというケースが多い。アドバイスしても修復不可能なケースが大多数なので、仲直りさせる方向ではなく、スムーズに離婚できるよう助言することになります」
傍から見ると、個人的な感情がほとばしっているだけのようにも思えてしまう。しかし、じつは「生理的にムリ」という嫌悪の感情には、科学的な根拠がある。
女性は異性の「におい」に生理的嫌悪を感じる
英ロンドン大学衛生熱帯医学大学院が2018年に発表した論文によると、人に嫌悪感を覚えさせる要素は6つに分類されている。
・atypical appearance(普通ではない様子)
・lesions(傷や膿などの外傷)
・sex(反倫理的、不正な性行為)
・hygiene(不衛生な様子や行為)
・food(腐敗した食べ物)
・animals(気持ち悪い動物)
これらに対する嫌悪は、いずれも人間に本能的に備わっているものであり、病気になることを予防したり、生殖パートナーを選ぶ上でリスクを回避するための機能だという。動物行動学研究家の竹内久美子さんが説明する。
「男女とも異性を外見で選ぶのは、健康な生殖パートナーを選ぶ指標になるからです。たとえば女性が、大きなイボのある初対面の男性に『気持ち悪い』と生理的嫌悪を抱いたとする。一見、ひどい女性だと思うかもしれませんが、イボは、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスに感染してできることがあります。つまり、イボができる男性は免疫力が低いことを示しているともとれる。免疫力が低い男性を選ばないよう、本能で嫌悪感が働いたのです」
さらに、最も本能的な嫌悪が働くのが「におい」だ。竹内さんが続ける。
「魚類も鳥類も爬虫類も、脊椎動物はみなMHC(主要組織適合性抗原複合体)という、ウイルス、バクテリア、寄生虫などの病原体に対する免疫の型の遺伝子を持っています。MHCは複数の抗原の組み合わせから構成されていて、その組み合わせは何万通りにもなります。人間の場合、MHCではなくHLA(ヒト白血球型抗原)と呼ぶのですが、HLA型は両親から半分ずつ遺伝します。この型の重なりが多いか少ないか、すべての動物は“におい”で見分けていて、相手の好き嫌いに大きく関係します」
スイスのベルン大学で、女子学生が男子学生のシャツのにおいを嗅ぎ分ける実験が行われた。すると、自分とHLA型の重なりが多い男子学生のシャツを「くさい」と感じ、重なりが少ない男子のにおいは「好ましい」と感じることが判明した。
「年頃になった女性が父親のことを『くさい』と嫌がるのは、とても正常な反応です。もし、『くさい』と嫌がらないのであれば、そういう能力が弱いのか、父親を傷つけないためがまんしているのか、“実の子”ではない可能性がある。
なお、においで好き嫌いを判断するのは女性だけで、男性にはそういった能力はありません。女性は妊娠すると新たな生殖活動が長期間できなくなるため、慎重にならざるを得ないからです。人間社会では男性が女性を選んでいるように見えますが、じつはメスがオスを選んでいるのです」(竹内さん)
ただし、前述のベルン大学での実験では、ピルをのんでいる女性に限って真逆の結果が出たという。いいにおいの男性だと思って結婚したのに、ピルの服用をやめたら「生理的にムリ」になってしまう可能性があるので要注意だ。
「怖い妻」を夫は本能的に受け入れられない
動物界の掟がすんなりと当てはまらないのが人間というもの。
人間の男女間における「生理的嫌悪」は動物ほど単純にはいかないのが現実だ。男性の方が女性を「生理的にムリ」と訴えることもある。岡野さんが言う。
「結婚して数年経った夫婦で、『妻の顔が生理的にムリだから離婚したい』と相談にやってきた夫がいました。結婚前には気がつかず、結婚後にさまざまな女性と出会い、自分の好みの女性たちを見ていくうちに妻の評価が相対的に下がって生理的に受けつけなくなったそうです」
女性が男性を「におい」で判断するのに対し、男性は「社会認識」を重要視するケースが目につく。
好例となるのがスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさん(18才)だ。2019年の国連で、地球温暖化について当時16才だったグレタさんが世界中の指導者たちを相手に強い言葉と鬼の形相で非難スピーチをする姿は大きな注目を集めた。しかし、保守派の“おじさん”たちから「グレタさんは生理的にムリ」の大合唱が起こる結果となった。
その理由についてコミュニケーション・ストラテジストの岡本純子さんが指摘する。
「第一の理由は彼女が“少女”だったことでしょう。社会的に、子供が大人に意見するというのは嫌悪感をもたらしますし、『女性は激しく怒るものではない』という社会的な拒否感も上乗せされる。
また、怒りとは、すなわち拒絶でもあるため、男性は怒りの表情を浮かべる女性に対して『生殖相手として拒否されている』という認識を持つ。その結果、怒りをあらわにする女性を本能的に忌避しようとするのです」
逆に言えば、いつもニコニコしている女性ほど、男性から好感を持たれやすいということだ。
「ですが、つねにそうしていると『何でも受け入れる弱い存在』と男性から認識されてしまう。高市早苗さんや小池百合子さんのように、笑顔を見せ、社会通念上の女性として振る舞い余計な軋轢を避けつつ、かつ自分の主張もする抜け目なさも必要です」(岡本さん)
夫婦関係が悪くなったときは、夫を責める前に、自分がどんな顔で夫と接しているか鏡を覗いてみよう。
昔のクラスメートが娘を拒絶してしまう原因になる
「生理的嫌悪」が生じるのは、異性関係のみに限らない。都内に住む大林里美さん(仮名・42才)が、実の娘への複雑な心情を明かす。
「うちには中学生の娘と小学生の息子がいますが、昔から娘のことだけがどうしても好きになれません。息子に触られても何も思いませんが、娘に触られると生理的な嫌悪感が生まれます。娘を見ると小言が止まらず、反抗期の娘と口論になることも増えて、家庭内の空気は険悪です」
大林さんは、なぜ娘を受け入れられないのか自分でも理由がわからず悩み続けていると話す。心理療法に詳しい精神科医の前田佳宏さんは、親が自分の子供に対して抱く嫌悪感についてこう解説する。
「自身が子供時代に嫌な思いをした経験があって、無意識のうちに、その嫌な経験を身体が覚えている場合がある。よくあるのが、自身の母親との関係。『母親にこういうことをされた』『こうしてほしかったけれどかなわなかった』『自分ががまんしてきたことを自分の子供はできている』などのモヤモヤが原因となり、生理的嫌悪という形で子供に対して現れてしまうのです。さまざまなケースがありますが、たとえば自分の中の“長女”にまつわる何らかの嫌な記憶により、“長女”だけに嫌悪感を抱くこともあります」
原因となるのは、母親との関係にとどまらない。たとえ家族との関係が良好だったとしても、自分自身が嫌な経験をした年齢に娘が近づくと過去を思い出し、無意識に嫌悪を覚えることもあるという。
冒頭でフワちゃんに生理的嫌悪を抱く人々の話をしたが、その「正体」も過去の実体験に隠されている可能性がある。
「フワちゃんは個性的なキャラクターが特徴ですが、彼女に嫌悪感を抱く人は学生時代に個性的な同級生がいて、『その子に振り回された』『その子のせいで損した』というモヤモヤした記憶を持っているケースもありえる。人間の安心安全というのは“ありのままの自分”でいられるかどうかが大切なので、フワちゃんのような人がいる環境でがまんしてきた人は、フワちゃんを見るとネガティブな気持ちだけが出てくることがある」(前田さん・以下同)
フワちゃんのような友人が身近にいた記憶がないという人は、何をしでかすかわからない未知のものへの恐怖が嫌悪感の正体の場合もある。
「人間は想像ができる生き物です。勝手に不愉快な未来を予測して嫌悪を抱くこともある。これは脳が発達した人間ならではです」
取り越し苦労ともいえるが、事前に危険を察知するための大切な能力でもある。
フワちゃんの意外性のある姿を知ることが第一歩
ママ友、子供の担任の先生、パート先の同僚──どうしてもかかわらなくてはならない初対面の人に生理的嫌悪を抱いてしまった場合、どうしたらいいのだろう。
「生理的嫌悪というのは、『この人は危ない』などネガティブな判定が出たときに感じるもの。初対面の人に対しては、その人の話し方のトーンや緊張感、表情、においなどの情報を過去の自分の体験データと照らし合わせて予測し、“決めつける”のです」
つまり、これから仲よくしていけば新たなデータが蓄積され、ポジティブな体験が増えていけば「安心できる」と判断が切り替わっていく可能性がある。第一印象での嫌な気持ちは自分の“決めつけ”だと割りきって、少し関係を続けてみるといいだろう。
すでに抱いてしまった「生理的にムリ」の感情も、乗り越えられることがある。
「新たな一面を見て、データを多様化させるといい。たとえば、バラエティー番組に出ているフワちゃんが嫌いでも、マジメな話をしているフワちゃんは少しマシだと感じるかもしれない。そうやって、生理的嫌悪を抱く相手の何が嫌なのか見つけていけば、改善の方法も見えてきます。
もちろん、自分だけでは解決できないならカウンセリングに通うのもいいでしょう。カウンセリングには、言葉にしなければ扱ってくれない診療所もあれば、身体的な感覚を扱ってくれる診療所もある。自分に合ったところを選ぶといいでしょう」
夫への生理的嫌悪も、「いいところ」へ積極的に目を向けることでブレーキが利くことがある。岡野さんが言う。
「経済力があったり、子供への愛情が深かったり、いいところの方が多ければがまんできることもあります。
同時に、生理的にムリな部分を改善していく努力も必要です。夫のワキガに耐えられず離婚した夫婦がいましたが、言いづらかったようで、妻は最後まで離婚理由がワキガだとは言わなかった。最近はにおいを抑える手術などもありますが、言わなければ解決のしようがない。生理的にムリな1つの欠点が改善すれば、夫婦仲がよくなることは珍しくありません」
生理的嫌悪は、動物的本能として身を守るために必要不可欠なものだ。しかし、現代社会を生きる上では、手放したことで得るものも大きい。
「社会は人間同士のやりとりで成り立っていますから、それが負担になると仕事も日常生活もつらくなってしまう。実際、それに揺さぶられている人は結構います。
『生理的にムリ』と知らず知らずのうちに心理的なブレーキをかけてきたことが改善できるようになると、驚くほど生きやすくなります」(前田さん)
その生理的嫌悪で生きづらさを感じていないのなら、無理に改善する必要はない。
自分の本能の声に耳を傾ける──それができれば、少しラクに生きられそうだ。