数年前までは大盛況だったのに

独ルフトハンザが、フランクフルト-北京便のフライトを10月27日より止めた。つい数年前までは、ビジネスにしろ、観光にしろ、ドイツ・中国間の往来は大盛況で、北京空港では、ドイツ人用に特別の入国審査の窓口を作って熱烈歓迎していたほどだから、様変わりは激しい(今のところ、ミュンヘン-北京便は引き続き運行)。

取りやめの理由は、景気の落ち込みで独中間のビジネス客や観光客が減り、乗客が少なくなったということもあるだろうが、それだけではない。実は、ルフトハンザよりも安く、しかも短時間で飛ぶ他の航空会社があるため、価格競争に敗北してしまったのだ。

たとえばエア・チャイナは今でもちゃんと毎日運行しているし、その他にもドイツ各地と北京を結ぶ航空会社としては、イスタンブール空港で乗り継がなければならないが、トルコ航空も人気だ。そして、それらの航空会社とルフトハンザの運賃の差が、今やルフトハンザの名前をもってしても補えないほど開いてしまった。

敗北の一番の理由は、ロシアに制裁を掛けているため、その領空を飛べないことだろう。大きく迂回すれば、当然、時間も、燃料も、人件費も余計に掛かる。ルフトハンザがミュンヘン-北京線を残したのは、こちらには新しい機種を投入したため、燃費が少し良いからだそうだが、しかし、それでも時間と人件費は節約できない。

それに比べて中国、トルコはロシアに制裁など掛けていないから、ロシア航路も健在だし、その領空も飛べる。この差は大きい。

これに関しては、日本や韓国の航空会社も同じハンディキャップを抱えている。ヨーロッパから日本に行く人の数は限られているので、彼らはロシア上空など飛べなくてもどうってことないが、困るのはこちらだ。フランクフルト-東京間も、北極圏を回ろうが、シルクロード辺りを通ろうが、必ず2時間ぐらいは余計に掛かる。

景気を悪化させるCO2排出への課金

そんなわけで、2020年ぐらいまでは長らく安定していた航空運賃も、当然、急激に上昇。私の友人たちの中にも、せっかくコロナが終わってドイツに遊びに来ようと思ったらチケットが高騰していたため、エア・チャイナやトルコ航空に切り替えた人たちもいた。その他、少し時間はかかるが、カタール航空なども人気のようだ。

ただ、ドイツの航空運賃が急騰している理由は、他にもある。実は、現在の左派政府は“脱炭素”教の信者の集まりなので、ガソリン車も、豪華客船も、もちろん飛行機も、とにかくCO2を出すものが全てこの世から消えることを熱望している。

そのため、緑の党が政権を持つ州や市などでは自動車いじめが激しく、パーキングを減らしたり、自転車専用レーンを広げたり、道に突き出すように大きな花壇コンテナを並べたりして、ドライバーの居心地を悪くするのに余念がない。

しかし、何と言っても一番効果的な方法は、CO2排出への課金、つまり、カーボンプライシングだ。そうすれば、ガソリンが高くなり、貧しい人は車に乗れなくなる。そして、ドイツでは現在、実際、この作戦が果敢に実行に移されている。

ドイツのCO2の価格は、21年には1トンあたり25ユーロだったが、22年には30ユーロで、今年の1月からは45ユーロだ。これらは、即、末端価格に付け替えられるので、年頭に、他の値上げとともに航空チケットの値段も上がった。

しかも、深刻な不況にもかかわらず、政府はCO2の値段はこれから毎年引き上げていくと言っている。これは、航空チケットやガソリンだけでなく、ほぼすべての物価に影響するので、景気はさらに悪化するだろう。

異様に高いドイツの空港使用料

航空チケットの値上がり要因は他にもある。例えば、航空チケット税(国税)が24年の5月から約20%も値上げされたこと。6000km以上のフライトで言うなら、4月までは59.43ユーロだった航空チケット税が、今は70.83ユーロ。これにより、1月に上がったばかりのチケットは、5月に再度値上がりし、それに加えて、燃油サーチャージ(正式名は、燃油付加価値運賃)も上昇中だ。

まだある。ドイツでは、空港の使用料が異様に高い。これが災いとなって、外国の多くの航空会社がドイツ路線を敬遠し始めている。

ヨーロッパで搭乗者数1位を誇るアイルランドの格安航空会社、ライアン・エアも、つい先日、来年の夏から22のドイツ路線を縮小すると発表した。これにより180万席が減少し、キャパシティーが12%削減する予定だ。

航空使用料がどれだけ高いかというと、例えばエアバスA320(中型ジェット旅客機)が発着する際、スペインのバルセロナ空港は660ユーロ、ロンドンのヒースロー空港は2311ユーロ、羽田は22万円(現行レートで換算すると1300ユーロほど)だが、フランクフルトでは4410ユーロと破格だという。5年前と比べると2倍だ。

格安空港は、ビジネス客よりも、一般の観光客でもっているため、航空運賃をどんどん値上げするわけにもいかず、この状況ではドイツから撤退したくなるのも無理はない。ライアン・エアだけでなく、ハンガリーのWiss Airや英国のeasyjetもすでにドイツ航路を減らしているという。

広められた“脱炭素教”のドグマ

思えば、ついこの前までは、ドイツ各地の小さな空港からヨーロッパ中の観光地にチャーター便が飛んでいた。また、遠距離便でフランクフルトやミュンヘンに到着すれば、そこで国内線に乗り継いで最寄りの空港まで飛ぶことができたが、今では乗り継ぎ便が減っていたり、無くなっていたり…。

近距離フライトでCO2を撒き散らすのは罪悪であるという“脱炭素教”のドグマがせっせと広められてきた結果、格安航空会社だけでなく、既存の航空会社までが、近距離フライトを堂々とは飛ばせなくなってしまっているらしい。

つまり、旅行好きのドイツ人にしてみれば、値段は上がるわ、便数は減るわ、最寄りの空港は無くなるわで、踏んだり蹴ったり。当然、皆が次第に旅行を控え、出張の回数も減る。緑の党とすれば計画通りだろうが、これではドイツはいずれ航空過疎地になってしまう。

33年前、ソ連の崩壊で冷戦が終了し、人と物とお金が急速に動き始めた。航空チケットは安くなり、ドイツでは、一昔前までは庶民にとって高嶺の花だった航空チケットが、場合によっては鉄道よりも安くなった。

本来ならば、鉄路にせよ、道路にせよ、空路にせよ、人間の移動の頻度と物の輸送量は景気に比例するものだ。つまり、ドイツに網の目のように張っていた航空路線は、いわば繁栄の象徴だった。だからこそ当時の私は、世界は少しずつ自由で豊かになっていくと本気で信じていたのだ。

ところが、今、ドイツの政治家たちはせっかくの富を、一つ、また一つと確実に潰していく。すでに基幹産業が国外に脱出し、国力が急激に落ち始め、困窮した産業界は、リストラや工場閉鎖を打ち出し、それに反発した労組が、苛烈なストライキで対抗しようとしている。そして、無能なショルツ首相は、有効な解決策を何一つとして見出せないまま、それを平然と眺めている。

勤勉な国民性と教育の高さで世界をリードしてきた誇り高き経済大国ドイツは、一体どこへいってしまったのか!?

頑張れば頑張るほど国家が疲弊するGX

ちなみに日本でも、10月27日の衆議院選挙で、政治の混乱が最大限に可視化された。与党が過半数を切ったと大騒ぎだが、実は、ドイツも同じで、過半数を取るためだけに連立した3党が内部分裂し、その結果、起こっているのが、現在の政治の機能不全、経済の悪化、治安の崩壊だ。

そこに、世界情勢の不穏が重なり、国民は重度な政治不信に陥っている。当然のことながら、日本にはこの後を追って欲しくないが、すでに多くの点で類似点が多すぎて怖い。

いずれにせよ、ドイツも日本も、“脱炭素教”の政治家には直ちに退場してもらいたい。彼らが掲げるGX(グリーントランスフォーメーション)という目標は、頑張れば頑張るほど国家が疲弊するものだ。無理に進めれば、海外旅行も自家用車も、いずれ再び金持ちの贅沢品に戻ってしまうだろう。

今、両国の国民が必要としているのは、現実路線で産業再興に励み、国民に再び希望を持たせてくれる政府である。