首相と財相が別々にサミットを開催する異常事態

ドイツでは、不況の風を誰もがはっきりと感じるようになっているが、10月29日には、ショルツ首相(社民党)が、官邸に産業界の選り抜き経営者だけを招いて経済サミットを催した。

しかし、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)も、リントナー財相(自民党)も、それを知らされてもいなければ、招待もされていなかったというから尋常ではない。

そこで、ショルツ首相のサミット開催を事前に察知したリントナー財相は、まさに同日に中小企業の経営者を招いて独自の経済サミットを開催。こうして、一つの政府で2つの経済サミットが同日に開かれるという恥晒しの事態となった。ちなみに、経済音痴のハーベック氏にはどちらからもお呼びは掛からなかった。

こうなるとまさにコミックで、ソーシャルメディアですでに長らく取り沙汰されていた「ドイツ政府の瓦解はいつ?」というテーマを、主要メディアも無視できなくなった。

とはいえ、主要メディアは緑の党の味方なので、政権を瓦解させようとしている犯人は、もちろん自民党だ。「自民党のリントナー党首が最後通牒を突きつけて、政府を壊そうと図っている!」ということになる。

直接のきっかけは、11月1日にリントナー党首が提出した18ページの文書。破綻しかけているドイツ経済をどうやって救うかという内容で、政府の内部文書のはずだったが(?)、すぐに(おそらく予定通り)報道陣にリークされてしまった。本来なら、経済の立て直し案は政府が作成し、経済大臣が発表するものだから、これも政府の内部分裂を世の中に晒した形だ。

しかも、「リントナー・ペーパー」と呼ばれているこの文書を、野党であるCDU(キリスト教民主同盟)が、「我々の政策と類似点が非常に多い」と賞賛したから、事態はさらに混乱。面目丸潰れのショルツ首相、与党内の交通整理は、もう不可能ではないか。

相次ぐドイツ企業の閉鎖、倒産、外国移転

現在のドイツ政府は、社民党、緑の党、自民党の3党連立で、2021年12月に成立したが、最大の影響力を行使していたのはほとんど極左とも言える緑の党で、それに、やはり左派の社民党が付き従ってきた。

その結果、エネルギー政策と気候保護政策は完全に失敗し、大企業は国外逃避。移民・難民政策もことごとく失敗し、治安が悪化。その上、23年の末には用途の違うお金を違法に予算に組み込んでいたことを憲法裁判所(最高裁に相当)に咎められ、以来、政府は救いようのない金欠となっている。

しかし、それにもかかわらず、ハイル労働相(社民党)が新しい生活保護制度を作り、労働可能な外国人を含む合計400万人を養っていたり、増え続ける再エネの発電分を、赤字覚悟で漏れなく買い取っていたり、ウクライナにEUで最多の資金援助をしていたり、ロシアガスをボイコットして高い液化天然ガスを買っていたりで、財政の穴は広がるばかり。

ただ、税収が少ないわけではなく、昨年のドイツの税収は前年比で200億ユーロ増の9820億ユーロというこれまでの最高額だったというから、つまり、政府の無駄遣いも史上最高だったわけだ。

ジャーナリスト、マリオ・トゥーネス氏はこのドイツの現状を、「牛は大量の乳を出しているが、これ以上搾乳機を増やすとぶっ倒れる状態」と表現したが、気の毒なのは牛ならぬ国民だ。ただ、ドイツは今や、企業の閉鎖、倒産、外国移転のニュースが目白押しなので、このままいけば、来年の納税額は激減する予定。リントナー氏の試算では、来年の予算はまだ135億ユーロ足りず、いまだに決定できていない状態だ。

しかし、社民党は現実を見ず、現在、国内の雰囲気が暗いのは、プーチン大統領の始めた戦争と、政府の政策の意味を理解せずに文句ばかり言っている国民のせい。つまり、全部他人のせいだ。それどころか、ショルツ首相は今年の7月、「ドイツの驚異的な経済回復」を予言していたし、来年の総選挙ではCDUを抜く気だという(11月のアンケートの結果は、CDUの支持率が32%で、社民党が16%)。

さて、では、リントナー・ペーパーには何が記されていたのか?

潰されてきた政策の数々

簡潔にまとめると、

■景気回復のためには、ばら撒きでなく構造改革。

■各種規制を見直し、以後3年間、企業の負担となる規則(たとえばサプライチェーン法)はなくし、新しい法律や規制も作らない。

■27年を目処に連帯賦課金(東西ドイツの統一の後、旧東独の支援のために作った税金)を全面廃止。法人税の減税、児童手当の増額。

■気候保護に関する目標値を見直し、ドイツだけが掲げている極端な目標は撤廃。気候対策に対する補助金は、再エネの買い取りを含め全て廃止。CCS(炭素回収・貯留)の技術の促進。国内のシェールガスの採掘の開始(ドイツは環境に悪いとして、CCSもシェールガスの採掘も禁止している)。

■労働市場を再編するため、働ける人も貰える潤沢な市民金など、労働意欲を減退させる生活保護はやめる

提案はどれも現実的で有意義だ。そして、以前より自民党が主張していたにもかかわらず、連立政府の中で潰されてきた政策である。

実は、2017年9月の総選挙の後も、メルケル首相のCDUと、緑の党、自民党の3党連立政権がほぼ成立しそうになった時期があった。リントナー党首にとっては、与党に加われるまたとないチャンスであったが、最終的に11月19日の深夜、氏は連立交渉を終結させ、「与党に入って間違った政治をするよりも、政権に加わらないほうが良い」という名言を放って、自ら下野したという出来事があった。

当時、連立交渉での大きな争点の一つが、緑の党が脱原発に加えて、石炭火力まで段階的に廃止していくと主張していたことだったと言われる。リントナー氏は、原発を停止し、さらに石炭火力までなくしていけば産業が崩壊するとして譲らなかった(実際、今、そうなりつつある)。

さらに、難民政策についても、無制限に難民を受け入れていたCDUや緑の党とは違って、政治的迫害を受けている難民の人道的庇護と、産業界の求める労働力としての移民の導入は、区別して政策化するべきだと主張していた。これらが通っていれば、現在のドイツの惨状は、少し軽減されていたかもしれない。

ただ、リントナー氏は退き、CDUは社民党と組み、緑の党は政権に入り損ねた。そのため、緑の党のシンパである主要メディアが、「政治を放棄する政党は消え失せろ」とばかりに、一斉にリントナー氏を叩いた。

しかし、何が争点であったか、なぜ、リントナー氏が連立交渉を降りたかを、ちゃんと説明した主要メディアはほとんどなかった。当時、私はこの件を重視し、『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)で詳しく扱った。

主要メディアのリントナー嫌いは今も変わらず、今回のリントナー・ペーパーについても、公共メディアはその内容をほとんど報道しないまま、リントナー氏がサボタージュでも企てているように書いている。リントナー氏の主張を報じると、緑の党のダメさ加減がさらに鮮明に浮き出てしまうからだろう。状況は2017年当時とよく似ている。

不自然なほど整っていた声明

つまり、自民党は何を主張しても、左派グループの社民党と緑の党に反対される。あまり自己主張すると、政治の妨害者として評判が落ちるし、かといって妥協ばかりしていると、期待を裏切られたとして支持者が離れる。

どちらに転んでもうまくいかず、本来の主張とは根本的に違うことばかり実践しているうちに、今では支持率が4%まで落ちてしまった。こうしてみると、自民党が現在の政権の中にいること自体に無理があったわけだ。

私にはリントナー氏の作戦は読めないが、ドイツでは5%条項というものがあり、5%未満の得票率では国会で議席を持てないから、自民党は来年の総選挙で生き残れるかどうかの瀬戸際にいる。なお、現状を見ても、ショルツ首相のカオス政権があと11ヵ月ももつかどうかは疑わしく、リントナー氏が真剣勝負に臨もうとしていることは確かだ。つまり、リントナー・ペーパーが、政府瓦解の“とどめの一突き”になる可能性は大いにあり得ると、私は見ている。

と、ここまで書いたのが11月5日。そして、翌日6日の夜9時15分、突然、「ショルツ首相がリントナー財相を解任」とのニュース速報。連立政権は本当に崩壊してしまった。

1時間後に行われたショルツ首相の声明は、突然にしてはかなり長く、不自然なほど整った文章だったが、内容は、最初から最後まで自分の擁護とリントナー氏に対する罵倒。しかも、「私はドイツの首相として」という言葉が、何度も繰り返されたところに、ショルツ氏の足掻きのようなものを感じた。

そのあと、緑の党のハーベック氏とベアボック氏がやはり声明を発表。こちらはリントナー財相がウクライナ支援を切り詰めようとしたことに対する苦情が前面に出ていた。

トランプ氏の当選を災厄と見做している彼らは、「今こそ民主主義の防衛のためにドイツが、いや、ヨーロッパが団結しなければならないというのに、ドイツの政治が揺らぐことは許されない」などと、足元ではなく、世界情勢の俯瞰に終始。緑の党も、現在、支持率が壊滅状態なので、もし、解散総選挙などになったら目も当てられないと、かなり動揺している様子が見てとれた。

そして、そのあとリントナー氏が登場。ショルツ氏の非難に対して、逐一反論するかと思いきや、驚くほど簡潔。ただ一言、「ショルツ首相は、借金増やせと最後通牒を迫ったが、私は “新たな借金はしない”という就任宣誓を破るわけにはいかない」と決然と述べた。まるでショルツ首相の必死の攻撃に肩透かしを食わせたようで、かなり印象的だった。

どうするドイツ国民

今後、どうなるかというと、ショルツ首相は自民党抜きの政府で、クリスマスまでそのまま政治を続ける意向。ドイツでは、国会の解散は首相の意思だけではできず、総選挙のためには、かなり複雑な行程を経なければならない。

その一つが、首相が信任決議を国会に提出し、それが否決されて→国会解散→総選挙という流れだが、ショルツ首相は、それを1月に行うと言っている。信任案が否決されれば、おそらく3月に総選挙で、全てはまだまだ先の話となる。

ショルツ氏は、今、突然、「違法難民の入国制限」や「減税」「年金の値上げ」など、国民が飛びつきやすい政策を掲げ、今年中に人気を回復するつもりらしいが、これらはまたお金のばら撒きであり、根本的な産業活性化にはつながらない。

国民がこれに乗るか、それともショルツ首相にダメ出しをするか、注目されるところだ。

なお、当然のことながら舞台裏では、“ショルツその後”を見据えた各政党の動きがさらに活発になっている。いずれにせよ、ドイツ政府はまさに末期症状である。

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