日本人に覚悟を問う「皇室は民主主義のロボットではない」

こういう主張があるということを 知っておこう

倉山満

日本人に覚悟を問う「皇室は民主主義のロボットではない」

 
 言うもはばかられる不吉なことだが、今のままでは悠仁親王殿下の代で皇統が絶えてしまう。おそれ多いことだが、あえて申し上げる。悠仁親王殿下には、何としてもお世継ぎをお育ていただき、皇位を継承していただかねばならない。これは日本国のすべての問題に優先する。
 
 敗戦で軍事力を奪われ、今や名ばかり経済大国にまで落ちぶれようとしている。しかし、すべてを失ったとしても、わが日本国には皇室がおられる。国民が皇室を守る限り、日本は何度でもよみがえるのだ。今までだって何度も危機を乗り越えてきた。
 
 だから、お世継ぎ問題こそはすべてに優先する日本国の最も重要な課題なのだ。これは、単なる宮務ではなく、国の命運がかかった国民全体の関心事であると自覚しなければならない。
 
 ここで、皇室を守るためにこそ、不吉を承知で申し上げたい。「皇室を滅ぼす最も手っ取り早い方法」を。悠仁親王殿下の結婚を可能な限り遅らせ、ご公務漬けにして子作りの時間をなくさせる。
 
 さて、今の宮内庁がこれをやらないという保証を、誰ができるというのか。もちろん、宮内庁の職員諸君全員が皇室を滅ぼしたいわけではなかろう。しかし、今のお役所仕事の宮内庁に任せておけば、間違いなくこうなる。そして、それをやめさせよう、ご公務を軽減してお世継ぎづくりに専念してもらおうとする者の動きを妨害だけしていればよい。そうすればどうなるか?
 
 皇室は滅ぼせる。
 
 悠仁親王殿下に男の子ができないと明確になったときこそ、女系天皇の出番だ。そのときになれば、「今までの伝統である男系男子は維持できなくなった。皇室維持のためには、皇室と血のつながる女性に皇位を継いでいただき、その御子孫に皇位を継承していただきたい」と言い出す者も出てくるだろう。
 
 まさか、女系を実現したいがために、悠仁親王殿下のお世継ぎづくりを邪魔する者など、宮内庁にはいないと信じたい。だが、信じられる根拠がないのも、また確かだ。
 
 さて、ここまで書くのにも尋常ではない決心をした。庶民であっても、他人の家庭の子作りに口を出すなど、非礼だ。まして、ことは皇族の方々のお世継ぎである。だが、先日の秋篠宮殿下の記者会見を拝聴し、今まで書くのをためらってきたお世継ぎ問題について言及する覚悟を決めた。該当部分を引用する。
 
 「今、宮内庁として考えていることは、いったん全て皇太子殿下のお仕事を宮内庁の方で引き取って、それを整理して、それで次に私がどのものをその後行っていくか、というのを検討しているところです」
 
 私はこの発言を聞いて、秋篠宮殿下は尋常ではない覚悟で発言されたと直感した。もし、私が皇室を滅ぼそうとする勢力の手先なら、こういう論陣を張るだろう。
 
 「皇室の方々がご公務を引き受けてくださることで、多くの国民が喜び、皇室と国民の絆が強くなる。また、今上両陛下は、皇室と国民の絆を守るために、多くのご公務をなされてきた。ご公務軽減と言うが、簡単な問題ではない」と。
 もしかしたら、善意でそういう発言をする人も出てくるかもしれない。しかし、大日本帝国の末期のコミンテルン(国際共産党)の手口を思い出してほしい。「普段は何もしない。組織的、国家的に愚かな振舞いをしているときは、見ているだけで良い。正論が通りそうになったときだけ邪魔すればいい。それが成功すれば、気配を消せばいい」だった。
 
 そして共産主義者で知られる尾崎秀実は、スパイ容疑で逮捕されるまで、熱狂的な愛国者を装っていた。尾崎の言論に煽(あお)られた大衆は熱狂し、泥沼の支那事変に突き進んでいった。「いったい、何のために戦っているのだ? 何を達成すれば、この事変は終わるのだ?」という当然の疑問の声はかき消された。
 
 確かに、支那事変の尾崎は過去の話だ。だが、未来のお世継ぎ問題でこれをやらないという保証はどこにもない。お世継ぎ問題より大事なご公務とは何か。お世継ぎ問題は、すべてに優先する最優先事項ではないのか。そういう声がかき消されないなら、日本はとっくに正論が通る世の中になっている。
 
 そもそも、今上両陛下の場合は、男子がお二人いらっしゃる。おそれ多くも、一身に皇室の存続を背負われることになる悠仁親王殿下の場合とは、事情が異なりすぎる。東宮となられる秋篠宮殿下が、皇太子殿下のご公務をすべてお引継ぎになられたとしよう。将来、悠仁親王殿下が東宮となられるとき、そのすべてを引き継ぐことになるのか。そうなれば、お世継ぎづくりに御専念できなくなるではないか。
 
 秋篠宮殿下の立太子においてご公務を見直すというのは、極めて重大事だと見なすべきだろう。秋篠宮殿下のご発言を受け、マスコミは「お婿さん問題」に集中しているが、どうでもよろしい。それよりも、はるかに重要な発言を殿下はなされた。
 
 秋篠宮殿下は「宗教色が強い行事は国費で賄(まかな)うのは適当かどうか。内廷会計で行うべき」との趣旨を仰られた。この発言の後に「大嘗祭(だいじょうさい)は絶対に行うべき。身の丈に合った儀式にすれば。これを宮内庁長官は聞く耳を持たなかった」と続く。
 
 中には「皇族は黙ってろ」「政府に逆らうな」と言わんばかりの人もいるが、その根拠は何なのか。
 
 譲位に関する「玉音放送」(なぜかビデオメッセージと称されている)に際し、共産党まで含めて陛下にひれ伏したというのに、一部の保守の輩(やから)だけが陛下に対する罵倒を繰り返した。陛下の慰霊の旅を罵(ののし)る宮司、「天皇は安倍政権の邪魔をするな」とわめいた雑誌編集長…。いつからわが国は、皇室に対して弓を引く人間が保守を名乗るようになったのか
 
 自称保守が殿下に対し不敬をなすなら、私はその者どもを逆賊と呼ぶ。昔は皇族に対し物申すなど命懸けだったが、日本国憲法のおかげで軽くなったものだ。連中に救いがないのは、自分が誰に操られているかも理解していないことだ。たいていの自称保守、特に「天皇や皇族は黙っていろ」と言っているような安倍応援団は、自分の言っていることが分かっているのか。
 
 両陛下や皇族は黙っていろというのは、「天皇ロボット説」だからだ。東大教授の宮澤俊義が「天皇は盲判を捺すロボット」と教科書で言い出し(『コンメンタール全訂日本国憲法』74頁。原文ママ)、内閣法制局長官の吉国一郎が政府の有権的解釈にした(昭和50年11月20日参議院内閣委員会答弁)。
 
 一部の保守が主張する「天皇や皇族は黙っていろ。安倍さんの邪魔をするな」は、いっそ「内閣法制局が決めた日本国憲法の解釈に従え」と言い直してみたらわかりやすい。そのような人は宮澤俊義が言い出した「天皇ロボット説」に洗脳されているのだから。
 そもそも、今の安倍内閣自体が天皇ロボット説なのだから、無知蒙昧(むちもうまい)な安倍信者たちが、そこから抜け出せるわけがない。安倍内閣も、安倍応援団も、東大憲法学と内閣法制局の走狗(そうく)なのだ。
 
 もちろん、皇族のご発言には慎重であるべきだ。政治にかかわることに関してのご発言は、特に。発言すべきか否かと聞かれたら、私は「原則として否」と答える。しかし、「発言してはならないか」と聞かれたら、「発言して良い」と答える。今回の秋篠宮殿下のご発言は、よくよくのことではないか。特に宮内庁長官を名指しで「聞く耳を持たなかった」とまで批判された。
 
 臣民として恐懼(きょうく)すべきである。ところが、宮内庁も政府も「困惑するばかり」と、事の重大さを理解していない。帝国憲法下ならば、即座に宮内大臣は辞表を提出したはずだ。少なくとも私が名指しされた山本信一郎宮内庁長官ならば、己の不明を恥じ、即座に骸骨を乞う。山本長官は旧自治省出身だが、歴代宮内庁長官は全員が旧内務省系官庁の出身者だ。陛下にお仕えする宮内庁の長を、単なる天下りと思ってもらっては困る。
 
 もしかして政府も宮内庁も、今の皇室を「国民主権下で認めてやっている」とでも思っているのか。日本国憲法第一条には、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。象徴天皇など、国民が認めてやっている。東大憲法学も内閣法制局も安倍内閣も、同じ穴の狢(むじな)だ。
 
 もはや、国民ひとり一人が自覚して、皇室の藩屏(守り)たらねばならない。秋篠宮殿下の真意は私のような身には計り知れない。しかし、慮(おもんぱか)ることはできる。
 
 大嘗祭を国の予算ではなく、内廷会計(皇室の予算)で行うべきとはどういうことか。国費で行うということは、憲法に縛られ政府の干渉を受ける。実際、過去の政府は皇室を蔑(ないがし)ろにしてきた歴史がある。昭和から平成の御世代わりの大喪の礼においては、「移動式鳥居」なる代物まで登場した。
 
 憲法が規定する政教分離の観点から、皇室の行事では鳥居があって良いが、国の行事ではあってはならないので、鳥居を移動させられたのだ。神道色が強い祭具はすべて撤去された。すべて政府の所業であり、何を宗教色が強いとするかの解釈も内閣法制局が一手に握る。
 
 私すら、このような政府に皇室の最も重要な祭事の一つである大嘗祭に触れてほしくないと思う。安倍内閣とて法制局の言いなりなのだから。
 
 そもそも論だが、連合国軍総司令部(GHQ)が皇室の財産を大幅に取り上げた。皇室はスズメの涙ほどの財産しかない。明治天皇の時代のように軍艦を作れるほどの予算が必要かどうかはともかく、約3億円の内廷費は少なすぎるだろう。これでは自然とがんじがらめにされてしまう。
 
 何度でも言う。皇室は民主主義のロボットではない。もし、民主主義がわが国に必要ならば、それは国民が皇室を守る。それがわが国の民主主義だ。(文中一部敬称略)
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