日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 充実満タン 秋・・一日 *

2009年10月09日 | 雑感

台風18号が日本縦断、わが町は大したことも無く過ぎ去り秋晴れの好天気だった。
TVで拝見するが被害を受けられた地域の方々には、心よりお見舞い申し上げます。

一週間があっと言う間に過ぎようとしている、更新!? 思っている間に土曜やわ~。
月曜・・午後から夜中過ぎまでマッシー母さん依頼の、日中友好観光旅行の写真集作成を一気にした。
招待して下さった中国の方に送られるそうで、その方の写真を中心に盛り込んで作った。
寝不足でも達成感嬉しく、夫は「誰が見ても、様子がよう分かる」と滅多とない褒め言葉に、気を良くした私。 



350枚もある中で、120枚にしぼりそこから60枚選んでと言われたが、大切な写真私には選べない。
A4サイズのアルバムにコラージュしながら、120枚全てを載せることが出来た。 
画像編集無料ソフト”ピカサ3”のなせる技、ピカサ様様である。

火曜・・午後持参したら感激して下さり、新たにナンバー2と言われる方にも差し上げたいと二冊分渡された。 
そうして、センター(女性スタッフばかり)の方がセンターのHPが寂しすぎると言われたそうで
「みくさん出来はるんと違う」とか言われたとか。
HP作成ってすごい高いらしい。 本社の方が作成されたらしく後料金を修正した位でその時のままらしい。
センターには四季折々花が咲いているのに、載せたらいいのにとかねがね思っていたから変えるの大賛成。
「これでも35万かかったのよ」 「へ~そんな! どんな風になるか分かりませんけどやってみます」
(え~、簡単に受けていいの~) 出来なければ今のままでいいんだし・・、自分で編集できるのだから。
細かい申し込みとかのフォーム、難しいかも知れないが、聞いたり検索で勉強すればいいんだし勉強にもなる。
ってそんな話になり、アルバム作成、HP作成ありで画期的、HPの表紙からとりかかっている。

金曜・・台風去り好天「こんなお天気、家にいてはもったいないね」と娘は言うが、「こんなお天気だからこそ
衣替えをするのよ」 私は私で、娘は娘で夏冬物の入れ替え・・孫達は積まれた衣類の中で無邪気に遊ぶ。

携帯!「みくさん、写真お願いしたいんだけど~」 「今衣替えの真っ最中、午後に伺います」
夏物や衣装ケースが雑然と積まれた四階、夫はそんな中で寝ているものだから「部屋なんとかしてくれい」
今朝そう言われた。 「しんどうなるんやから、一気にやらんでもええで」私をよう知ってるわ、けど一気にやった。
娘いわく「部屋見違えるようやったわ」 はい、いざの時の片付け得意。

シャワーをしてカメラ持って研修センターへ。 
「今ひまわりが綺麗だし、もう終わるから写真撮って~、11月の港フォーラムで使いたいのよ」
同じプロジェクトチームの男性の運転手つきで、マッシー母さんと港警察へ。  (わ~カメラマンやわ、私)
バスや人の往来もある中で、一眼構えてパシャパシャ! ちょうど署長さんが出てこられポーズ! 
パシャ! 嘘嘘ってジェスチャーしながら、中へ入られた(写真は載せないけど)

マリーゴールド、ひまわり、サルビア・・明るく華やかだった、警察署とは不似合いなくらい可愛い。
以前の港警察署の花壇はさつきのような低木ばかりで枯れ木状態で花壇に色あいってなかった。 
マッシー母さんの港区の要所要所に花を!の思いと、署長さんの心が通じ今では町の人の目を楽しませ、
警察署と言う敷居の高さや硬さ、冷たさが取り払われたような気がしている。
署長さん自ら、花のある町、きれいな町は犯罪防止にも比例、絶対変えて住みよい港区にしたいと
強い信念を持っておられる。
港区を変えているマッシー母さんの働きは、大きいしすごい。  

センターへ帰りまたまた別な方のアルバムに依頼を受けた。 付箋をつけてもらって2冊分、わ~大変!
今研修センターの脇の花壇には、オジギソウやセンニチコウがいっぱい咲いている。

ば~ば~!」 (あれ? なつめの声?!) 向かいの公園からだった。 
娘も衣替え一服で(何しろ4人分だから)子供達をせっかくのお天気だしと公園に連れて来ていた。
孫たちの顔を見ると、緊張感なんかほぐれて癒される。 (あれ!ここに彼岸花咲いてるやん!)
一緒に帰りながら、なつめにオジギソウを触らせた。 あたるとあっと言う間に葉を閉じる不思議。

還暦同窓会の写真が送られていて、お礼の電話を役員の一人U子にした。
夏に初孫誕生「孫が可愛いと言うことを、実感したわ」彼女の声でふるさとにいるようなそんな気持ちになった。

充実満タンの秋一日。  こんな展開で秋が過ごせるなんて、幸せ。                   土曜記


* おくら珈琲 鹿児島喜入発 *

2009年10月05日 | 料理・その他食

全国コーヒー協会によると、10月1日は珈琲の日だとか。 (コーヒーのQ&AもありHP見るのも面白い)
その1日の日に、1週間の鹿児島里帰りから愛ちゃんとひろとが帰ってきて妹さんからとお土産をもらった。



”おくら珈琲”(え? あのおくら?) 愛ちゃんの実家から、とりたてのおくらを頂くことはあるが初めて。
妹さんのブログでは喜入珈琲さんの名前は拝見していたが。”工房てたか”さんのおくら珈琲なのだ。
焙煎されたおくらの種と、珈琲豆のブレンド、鹿児島県指宿市はおくらの生産日本一だそうで、
2008年鹿児島新特産品コンクールで、”おくら珈琲、おくら茶”が奨励賞をいただかれたそうである。
孫達もおくらは大好き、栄養価は高いが珈琲にすると更にアップするようだからすごい。

土曜の朝、奈良方面へ仕事で出かける夫に「入れようか?」 ついこの前までは、アイス珈琲を飲んでいたのに、
すっかりホットな珈琲が欲しい季節になった。 静かな秋の夜も、もちろんホットな珈琲。



松阪の命の水(硬水)で、珈琲をたてていたが濃くなり分量が減るので、水を多めに入れたが
おくら珈琲は良く出て、珈琲が余った。 とってもいい感じ。
珈琲通でもなんでもないので言葉には言い表せないが、人に例えれば穏やかなやさしい、そんな珈琲だった。
愛ちゃんのお姉さんは鹿児島の人だから、「おくらの匂いがする」って言われたそうだが、分からなかった。
あるものを維持していくことも大切だが、常に何か出来ないか・・新しい開発をされる人にいつも関心する。
若い人のいぶきがいただけた画期的な”おくら珈琲”との出会いであった。

今日は叔母の葬儀、母が寂しくなって気落ちしていないだろうかと電話をしたがまだ誰も帰宅していなかった。
後母から電話があった。 弔電のお礼と4年余りの入院だったが、娘さんを初めお嫁さんや周りの方が
手厚い介護をされたせいか、とてもやさしいいいお顔だったよと言った。
「寂しくなるけれど、いつか自分も通る道。 母さんは至れり尽くせりで毎日幸せいっぱいだし、頑張らないとね」
気丈に言っていたが、母のようにいつも感謝で有難いと送れる人生ってすごい。
兄夫婦や孫夫婦・・みんなに暖かく支えられて・・(母さん、それはあなたが生きてきた事柄への贈り物よ)

昨日、ヨットハーバーから帰宅すると、豊野郡のコスモス畑へ行った長女夫婦からと花が届いていた。
色んな色あり、八重のもあり、色とりどりのコスモス。 おしゃれな英字新聞に巻かれていた。  

「いつか自分も通る道」 母はそう言った。
年齢がいっているからそれが当然ではなく、若いからと言って明日が確実に来るそんなことは分からない。 
明日がないと思うほどに、心いっぱいの日が過ごせたら・・。 


* これで いいのだ・・ *

2009年10月04日 | 雑感

たまに遅くまで起きているときは、NHKのラジオ深夜便を聞いている。
慣れ親しんだ60年代の曲、フォークでも演歌でも、カントリーなども聞いているともうその時代に引き戻される。
アナウンサーが夜から朝へと何度も、今日は秋の行楽日和ですと言う。

次女夫婦は珍しく展君の野球がなく、急きょお弁当を作って親子4人で大阪城公園へ出かけて行った。
長女夫婦は豊能郡のコスモス畑へ、長男夫婦は堺のハーベストの丘へ行ったようだ。
屋上でカーテンを干しながら、(うん、お洗濯日和だよ今日は)暖かい陽射しを浴びながらうきうきしている。
母が毎日欠かさず朝に夕に、5人の子供達の家族のことを思いながら手を併せてくれていること、
みんなが今日も幸せで暮らせますように・・今日もありがとうございました・・それが母の幸せでもあるように。
晴天行楽日和に、私も!なんて思わないで、3人の子供達がそれぞれにいい時間を過ごしていること、
それを想像しているだけで、充分に嬉しい。

ゴルフの打ちっぱなし・・とか言っていた夫も、タイミングがずれ夫婦して晴天を家でのんどりと過ごす日曜。
「USJ何かひとつ行って、散髪に行こうか」「そうやね」と言いながら、夫の背でうとうとと寝てしまった。
(とど・・って言われているから、ドテ!っと巨体がそばで寝ていても可愛くもなんともないやろうなぁ)

4時此花区の天然温泉一休へ散髪、カットに出かけた。 1000円と言う安さ、不況?次々と人が来ていっぱいだ。 
帰りに夫が車を走らせたのは、北港ヨットハーバー。 



「うん、いいね」 何年か前に一度来てヨットと夕日に感激したし、食事したことがあった。
公園もあって家族連れも来ていた。
「孫たちを遊ばせるのにいいね」 あちこちへ行くと、やはりそんなことを思ってしまう
何人かのおじさまが、三脚をたて日没の瞬間を待っている。 。
「秋の日はつるべ落とし、夕日は落ちるの早いよ」話し好きそうなご年配のおじさまが色々話しかけてきた。
時間をつぶすにはいいんだけど、私は人見知りするし会話が苦手。 (夕日・・早く落ちて・・)
こんなつもりがなかったから・・でもコンデジはかばんにちゃんと入っていたから。
マストやロープを避けるところに夕日が欲しいところだけど、直線の中の夕日の曲線も好きだ。

やっぱり海はいい。 夕日はいい。  渋滞するでもなし、人ごみもなく、ゆったりとしたひとときだ。 
充分・・これでいいのだ。 子供達が楽しく一日が過ごせているだろうから、それで。

1時間ほどの寄り道。 帰りの空には満月が煌々と輝いていた。 昨日が十五夜で、今夜は十六夜。
車の中で「中秋ってね、人偏の仲秋と違うって知ってた?」 「知らん」 昨日、検索して得たばかりの知識、
自慢げに延々と夫に話した。 決して中秋の名月が満月でないことも。 
「だから昨日は旧暦の8月15日で中秋の名月、今日は満月で仲秋の名月、分かった?」

今朝、兄から電話があり低い声だったので一瞬ピクっとした。
5人兄弟の父の妹、叔母の訃報だった。 叔父が昨年同じ10月に他界した。
夫婦とも入院生活を送っていたので、叔母には叔父の死が告げられていなかったと思う。
満月を仰ぎながら、仲の良かった叔父と叔母が寄り添っている姿が見えるような気がする美しい月だった。 
母には義妹、やさしく思いやりのある可愛い妹・・田舎にいた頃、いつもそう思いながら見ていた。 
父の実の兄弟は誰もいなくなった。 母もまた寂しさが増すことだろう。 



* 中秋の名月 *

2009年10月03日 | 雑感

◆ 月月に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月 (詠み人知らず)
  月が8回使用、8月15日(旧暦)この日の十五夜が一年のうちで一番美しいとされているようだ。

 昼間、次女がなつめとかんたを連れて上新粉を買いに行って、二人で練って作っていた、私ノータッチ。
やはりお月見には・・お団子とススキ。 娘婿の好きなみたらし団子も。



昼間動物園に行ったひろとママとひろとを、夕食に呼んだ。 夫も展君もいないので二人はバスで来た。
賑やか過ぎるくらいの夕食、団らんを終え8時前、私と次女となつめとかんたでバス停まで見送りに行く。
「今夜はお月見だから、お月さま見ようね」と言ったけれど、雲がいっぱいで星さえも出ていなかった。
バスを待つ間、雲の切れ間から覗いた。  「ほら、お月さま! 早く見ないと隠れちゃうよ」

♪~隠れた雲に 丸い丸い まん丸い 盆のような月が~♪  すぐに隠れた。

タイトルに中秋と書くべきか、仲秋・・と、最たる意味も知らないでいる私、還暦にもなって恥ずかしい。
なんとね、検索して初めて確認した。 どなたも知っておられるであろうから大きな声では言えないけど。
中秋とは旧暦の8月15日、いわゆる十五夜で中秋の名月とはこの日の月のこと。 
仲秋は旧暦の秋の真ん中を指すそうで、旧暦の秋は7、8、9月(現在は8、9、10月)その真ん中の8月
この8月の月が仲秋の月と言うのだそうだ。 よって今月は仲秋。 十五夜が満月とは限らなくて、
旧暦の暦の関係で微妙にずれてくるらしい(今夜は、満月ではなかったんだ~)
今月は4日、つまり明日の日曜が満月で、この日のお月さまは仲秋の名月。 は~、ひとつ賢くなった。

11時過ぎ、部屋の窓から空を仰げば雲の切れ間から覗いたので望遠でパシャ、これぞ中秋の名月。



明日もお天気だそうだが、満月が見られるといいなぁ仲秋の名月が。 
奈良から三重へと仕事で出かけていた夫が、見送りに行った私たちと入れ違いに帰っていた。
枝葉のある風情のある柿と、コスモスをお土産に。 曽爾高原経由で帰ってきたと言う夫の曽爾高原情報画像。



* この夏の画期的な出来事・・ *

2009年10月02日 | 雑感

一日雨がしょぼしょぼ降っていた。 

お昼前、研修センターの主任マッシー母さんから電話をいただいたので出向いた。
シルバーウィークに日中友好の旅行に招待され、その旅行の写真を招待者で同行された中国の偉いさんに
送りたいのでと、アルバム作成を依頼された。 300枚の中から写真を60枚ほどで一冊のアルバム作成。
部外者の私に、暖かい雰囲気が伝わり喜んでいただけるアルバムが出来るだろうかと思うが、
頼まれると断れない性格、カメラごと渡された。 さぁ・・どないしよう。

以前に彼女から、”全国花作りコンクール”に応募する為の写真や編集を依頼されたことを書いたと思う。
我が区の公の場所、ボランティアであちこちへの花壇作りされている経過写真に花作りの意図や経緯、
今後の希望や決意などストーリー性を持たせ、書かせていただいた。 締め切り間際に無事提出された。 
第一次審査合格の通知が来て、8月21日審査員長自ら現地視察に来られるという。
各場所の花壇造りの報告内容の確認に来られるので紹介するから来て欲しいと言われていた。
当日、審査委員長の琉球大学の名誉教授であり、沖縄名桜大学比嘉教授が担当者2名を従え、現地視察、
後研修センターで食事の後視察による報告談話の場となった。
報告書には写真・編集に私の名前が記載されていて一瞬緊張、紹介されもったいなくも教授の隣の席で
珈琲やデザートをいただきながら、世界を駆け巡っておられる教授の開発されたEMの話を聞かせて頂いた。
マッシー母さんをはじめ、社長さんや港署の秘書の方、ボランティアの代表の方の出席の中で。 
教授の熱い話は、社長さん以下大変に感動で予定の時間をゆうに超過したほどである。 
その後は港警察署の署長室に場所を変え、教授と署長さんの話がまた熱っぽくわくわくするような話だった。
行程を終えお見送り、後は9月10日の第二次審査結果を待つことに。 

そんな出来事の後、種から育てた満開のユーストマ(トルコ桔梗)を切花にして飾ってあるので撮って欲しいと
依頼がありセンターの花写真も含めて撮った。 帰りにその中の6、70本のユーストマを下さり
我が家は一挙に華やかに、ピンクピンクした時があった夏。 
60枚ほどピックアップし、アルバムにしてプレゼントしたら花をこんなに沢山撮ってくれていてと感激された。

10日に電話がなかったので二次次審査の結果が気になったが、こちらからかけるのもと気にしつつ待った。
賞の発表は25日だったが、その一週間前に受賞者には事前に電話があり「大臣賞は駄目だったけど、
優秀賞に選ばれたのよ」 嬉しそうに電話がかかり共に喜びあった。 素晴らしい。 

現地視察に見えて送った後、お茶しながら、「また今日から来年に向けて、新たな一歩が始まりますね」と話した。
なんでもそうだろうが、特に花植えなど春夏秋冬小休止する間もない。 
港警察、消防署、税務署、交番、区役所、中央体育館etcボランティアで花壇造り、そして波及・・すごい。
それ以来これからもよろしくねと言うことで、撮って欲しいとき電話をいただいて出向くことになっている。
偉そうにも専属カメラマン?  

 

いつもセンターの受付の方や食堂の方が、にこやかに入れて下さる珈琲のなんと美味しいことだろう。
マッシー母さんと話しながら、私のひとつの憩う場にもなっている。

私のように、根気の無いちゃらんぽらんな者には、熱血な花植えのお手伝いは時間的にも何も正直無理。
しかしこの年にもなると、我が家のことに捉われるばかりでなく何か人さまのお役に立てることがあれば、
常々そう思っていたので、この事柄に私は少し気を良くしている。 
家族にも単に趣味で自分が楽しむばかりでなく、こうして役立つことに大きな顔をして出かけられるし。 

今日またひとつ、画期的な話をいただいた。 
11月に区民センターで、港フォーラム(西区、此花区も含め)が開催され、区役所から展示依頼をされたそうで、
花好きな港署の署長さんいわく、企画実行メンバーの一人に私も加わって・・とのことらしい。
今月半ばにまた、どれほどのブースがいただけるのか決まるそうで、それからどのように展開していくのか、
秋にふさわしく自分が少しなりともお手伝いできる、そんな場が与えられそうだ。 

一期一会・・マッシー母さんとのほんの瞬間のお出会いで、このように画期的な事柄に展開した夏。
これも還暦記念の思い出にプラス。  さぁ、アルバム造りだ。