鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

夏服

2012-08-19 22:50:28 | Weblog
晴れたり、少し曇ったり・・・残暑続く。


私は、所謂、リアル・ショップ(実店舗)で、服を買うことをしない。
地元では(というよりは、何処でも)、気に入った服が、見つかる可能性がほとんどないし、また、あまり似合うものがないと思っているし。
若い頃から、惨めなくらいの薄給(今もだけれど)で、支出を抑えることができるのが、被服費だったから、例えば、お気入りの服があったとしても、お財布と相談すると、即、却下された。

・・・いくら薄給とはいえ、服くらい買ってもよかったかな・・・と思うけれど。

ここ数十年間、体形は、あまり変わっていなくて、昔から、地味だから、昔の服でも着られないこともない・・・サイズ的には、全く問題ないけれど、デザインが・・・と思って、それでも、箪笥の肥やし化した服を処分したのが、去年のプチ・引っ越しのとき。

相変らず『着た切り雀』は、健在である。

服は、カネにならない・・・私の所有している服に限っては・・・。
それなので、服飾に関しては、とやかく言う資格はない・・・ないのだけれど。

そんな『着た切り雀』でも、醜悪な???ファッションは、許せないときがある。
会社での、仕事にそぐわない服装。
しかし・・・それも、工場内勤務中は、事務服着用が義務付けられた今、視界には、留まらず、イライラも減少した・・・良き哉。良き哉。

多分、この時期、リアル・ショップでの夏服は、もうバーゲン処分品になっていて、今は、秋服が主流かと思うけれども・・・まだまだ、暑いし・・・。

そして、夏服に関しては、やはり、清潔感が一番だと思っている。
視覚的に、ケバいのだの、暑苦しいのだの、穢いのは、カンベンしてもらいたいのだ。

露出度もできれば、控えていただきたいのと、足の太い方のミニ・スカートは、ご遠慮願いたい。
露出度に関して言えば、首の後ろから、背中にかけての産毛が、ナントカできないような方は、露出は、絶対に控えていただきたい。肩を出すな!直に見えてしまうので、気持ちが悪い。それと、ミニ・スカートも、大根脚の方は、まったくNGだから、これは、是非とも、隠すべし。

感覚的には、相当、古いかもしれないが、夏服は、袖のふんわりした開襟で、綿と麻が少し入った涼しげなワンピースが好きだ。丈も膝丈のフレアーで。長い髪も放置は、NG。まとめるべし。
・・・って、コレでは、大正時代か、ヴィクトリア朝の厳しさか・・・。
今時、こんな女の子は、珍しいかも・・・。

しかし、品格を重視するなら、これくらい清楚であるべし。特に夏は・・・。




『火山旅』な一日~お出掛けは、・・・?

2012-08-18 22:51:41 | Weblog
くもりがちながら、暑さ続く。


3日前の観劇は、もう最初から、ケチがついていた(作品自体は、すごく良かったんですが・・・)。
一昨日のブログにも、少し書きましたが、初期購入のチケットの座席交換から、既に、憂いは、始まっておりました。
・・・いっそのこと・・・お出掛けは、止めにするかなぁ・・・。

出掛け前に、『易』を立ててみる。

『火山旅・・・上爻』・・・かなり大凶。

火山旅は、旅行には、よい?卦らしいが・・・。それでも、あまりよくない卦で、しかも上爻。
都内で、地震にあうとか・・・帰宅難民になるとか・・・???

でもなぁ・・・。チケット料金・・・結構、高かったしな。紙屑にするには、惜しい気がする。
暫く、思案したのち、まあ、どうせ、大凶なのだし、ここは、ひとつ出かけてみるか・・・何分、私の易は、当たらんから・・・。

開演は、19:00だから、16時の電車で、充分、間に合うし、食事時間も充分だね。
この時間の電車なれば、空いてるし・・・というのは、普段のこと。
電車は、通勤時間帯並みに混んでいて、考えてみれば、お盆をこちらで過ごした方々が、都内へお帰りになるには、よい時間帯であったのだった。
1時間立ちっ放し・・・こんなことは、数年に1回あるかないか・・・。
やはり、大凶だったのかもしれません。
しかし・・・まぁ・・・。以前は、立ち続けていると、具合が悪くなってきたのに、最近は、立っていられるようになった・・・コレは、或る意味、よいことだ・・・。

都内、某デパートのレストラン街へ。
時間帯も時間帯なので、お客さんは、三組。それなのに、オーダーは、なかなか出来上がってこない。席は、窓際だったから、都内の風景と綺麗な青い夏空を見上げながら、開演時間は、迫っているのに・・・。

赤坂駅に降り立つ・・そして、この劇場とは、相性がよくないというより・・・悪い。
大体、駅から、劇場までの、面積の不均等な、そしてかなり、スカした階段は、長くて、のぼりづらい。息も絶え絶え・・・。
やっぱ・・・今日は、大凶かもしれない・・・なんて、思いながらの劇場いり・・・。

遅い上演開始と長い上演時間で、最終のひとつ前に発車する電車に、何とか間に合いました。

帰宅したのは、深夜1時を回っておりました・・・。



『舞台 十三人の刺客』②

2012-08-17 22:56:07 | Weblog
暑い。午後から雷雨。

(昨日の続き)

柔と剛・・・。真逆な性格なれども、親友同士で、お互いを認め合い、その上で、過酷な運命の巡りあわせで、闘わなければならなくなった島田新左衛門(高橋克典さん)と鬼頭半兵ヱ(坂口憲二さん)。
相対する二人を、高橋さん、坂口さんが、好演。
穏やかで情に溢れる新左衛門、激しく義に厚く慎重な半兵ヱ。
二人の戦略と攻防が、この舞台の見所でもあります。
新左衛門には、彼に従う忠実な刺客12人が集います。
しかし、暴君を守る立場の半兵ヱには、その守るべき暴君、明石藩主・松平斉韶(袴田吉彦さん)に、忠義を尽くす価値を見いだせない家臣ばかり。
中でも、側用人・浅川(小須田康人さん)と反目します。
こういう官僚的(或いは、エリートサラリーマン的)役をやらせたら、抜群に上手い、小須田康人さん。第三舞台の電脳役者の面目躍如でした。

舞台は、セットを究極まで、そぎ落とすシンプルな構成。
終局の乱闘が、この舞台のヤマ場ですので、それに合わせたようです。

この赤坂ACT劇場は、奥行きは、それ程ないようですが、それに対して、高さのある舞台構造のようで、空間を上下二段に分割して、画面を構成した感じです。
高い位置での大名行列、それを阻む尾張藩など。
(余談ですが、この劇場が、リニューアルされたとき上演された『トゥーランドット』、一昨年の『ジャンヌ・ダルク』の高低差を利用した立体的な舞台構造を思い出しました)

もしかすると、この劇場は、二階席の最前列が、一番観劇しやすいのかもしれません。
(因みにそれ以降の後方とサイド席だと遠すぎるかも・・・?)

そして、大詰め。
一宿場を借り切って、明石藩主・松平斉韶を襲撃の場として、細い宿場の路地を想定した動くボックスの配置。前面に押し出して、空間を遮ります。
舞台構造上、無理だったのかもしれませんが、このシーンも上下二段で、やったら、かなり視覚的に面白いのでは・・・などと、浅はかな素人(←私です)は、考えたのですが・・・。



『舞台 十三人の刺客』

2012-08-16 02:54:29 | Weblog
昨日は、赤坂ACTシアターに『舞台・十三人の刺客』を観劇に。

この公演は、チケット先行予約販売日を忘れてしまい・・・暫くたってから、思い出して、購入したのですが、購入後、急遽、『WOWWOW』の録画で、カメラが入るので、座席を交換してほしいとのチケット販売元プロモーターからの電話があって、座席チェンジをOKしたものの、そのチケットが、なかなか送られてこない・・・公演1週間前になっても、音沙汰なしなので、連絡をしてみたところ、『チケットの発送が止まってまして・・・。当日、劇場窓口で、交換可能ですが・・・。』
と甚だ、無責任な対応でした・・・で、観劇どうしようか・・・コレで、つまらなかったら、目もあてらんないよなぁ・・・と思いながらも、出演者が、高橋克典さん、坂口憲二さんといったカッコイイ俳優さんだったので、暑いけれど、でかけることにしました。

上演時間[休憩含め]3時間10分。
端正な時代劇に仕上がっておりました。

実は、導入部の島田新左衛門(高橋克典さん)と鬼頭半兵ヱ(坂口憲二さん)の殺陣のシーンは、やはり、時代劇の役者さんとは、ちょっと違う・・・こなれてない感があって、この先どうだろうか・・・と思ったのですが、物語の展開の面白さに、ぐいぐい引き込まれていきました。

暴君・松平斉韶(袴田吉彦さん)暗殺の密命を受けた直参旗本目付役の島田新左衛門に命を預けた12人の刺客達。

迎え討つは、かつての親友・明石藩側用人・鬼頭半兵ヱ。
お互いを知り尽くしたかつての親友同士が、敵味方に分かれ、死闘を続ける。
特に、終局の30分に及ぶ、暗殺シーンは、もう体力勝負といったところ。
今日の演出マキノノゾミさんは、かつて『浪人街』というお芝居を手掛けたと思いますが、あの殺陣も凄かったです。

難を言えば、前半、半兵ヱ役の坂口さんの声が枯れてしまい、セリフが、全く通らなかったこと。
舞台も終盤を迎え、疲れもでたのか・・・。体調不良なのか・・・。
役者としての技量が問われるところです。とにかく、役者は、いち声、に姿・・・と言われるくらい、セリフが大事。コレができないことには、お話にならない。途中から、無事、復旧したようで、ホッとしましたが・・・。

西岡徳馬さん(倉永佐平太役)、山口馬木也さん(平山九十郎役)、花王おさむさん(石塚平左衛門役)・・・絶品です。本当に上手い。見ていて安心する・・・。

暴君役の袴田さんは、屈折したお殿様を好演・・・今夜は、綺麗処と4Pですかい?って、そんな感じも出てましたかね?

島田新左衛門の甥の新六郎(川村陽介さん)、小倉庄次郎(庄野崎謙さん)、出口源四郎(水橋研二さん)と若くて可愛い役者さんも、揃ってました。

いや・・・ほんと、久々に、純粋な時代劇の楽しさを堪能しました。


No Subject 或いは・・・お盆だしな・・・。

2012-08-14 22:53:09 | Weblog
朝から雨。
強い夏の日差しが遮られて、少しだけ、ほっとできる夏の雨の日。


8月は大ッ嫌いだ。
夏が、いつまでも、いつまでも、居座ろうとしている。
既に、生身を持たない怨みだらけの怨霊が、纏わりついているようで、呼吸もできない。
夏特有の陽気さと陰気さが、交錯して、どうしていいのか・・・解らなくなる。

死者たちの宴が始まる・・・。

あの世とこの世の境界が曖昧になって、生死入り乱れた宴が始まる・・・。

過去の歴史は、すべてが、偽りで・・・
永遠に交わらぬはずの平行線は、いつの間にか次元を超えて交わり・・・
方程式は、あらゆる解を、拒み・・・
誤謬は、誤謬を呼んで、知らないうちに正論にすり替えられる・・・
高貴なはずの文学は、退廃し、ただ読み捨てられるのみ・・・
不協和音は、協調しながら、更に、耳障りな音へと変わり・・・
美しい絵画は、亡者の手に触れ、汚濁にまみれる・・・
麗しき神々の彫像は、砕かれ、粉々になり・・・

遺伝子は、傷を負い・・・
法則は、法則でなくなり・・・
世にも醜悪で、そして、限りなく美しい怪物を生み出す・・・

酸素に触れれば、凝固する血液は、穏やかに流れ出て、留まるところを知らない。
緩やかに、身体を巡る血液は、凝結しはじめて、やがて、流れるのをやめる。
腐敗は、体温を超えた空気の中で、加速度的に進み、やがて、乾いて、熱風に舞う。

拡がるのは、熱砂と化して荒涼とした乾いた大地と、冷たく無関心に見下ろす月だけ・・・
生暖かい風も、どこか虚しく、
命の誕生の喜びの声すら、かき消される・・・


・・・だから・・・8月は、大ッ嫌いだ。
8月なんか、消えてしまえ・・・!


怨霊考:原発怨霊・・・荒ぶる神に平安を・・・

2012-08-13 22:53:53 | Weblog
厳しい暑さ戻る。


丁度、一週間前に、『生霊』について、アレコレと書いてみた。
ちっとも、涼しくは、ならなかったけれど・・・。

似て非なるものに、『怨霊』というものがある。
生霊は、生きている人の身体から抜け出るもの・・・怨霊は、既に、この世に亡きひとの怨み・・・たぶん、そのヘンが最も違うところなのだろうと、勝手に思っているのだけれども。
そして、『生霊』の対象が、対個人的であるのに対して、『怨霊』は、国家レベル・・・というか、個人を超えた怨みのため、その怨念のパワーがケタハズレ・・・という点にあるのかもしれない。

平将門、菅原道真、崇徳上皇・・・このあたりの怨霊は、鎮魂が、難しかったようで、怨霊から、神へ転移させて初めて、災いが、鎮火するというか・・・。

上記の御三方は、はるか、平安時代の方々なれど、現代社会にこの『怨霊』は、存在するのだろうか・・・ということになれば、

へっ・・・?もう21世紀だぜ?怨霊・・・?ありえねぇ~~~!!!!!

・・・ところが・・・。

荒ぶる神は、現代にも、いるのである。
その名も、
『福島第一、二原発』
・・・耐久年数を10年以上超えても、労働させられて、相当ヤバかったのに、老骨?にムチ打って、電気を作り続けた・・・にも・・・関わらず、一度、不具合が起こると、人々は、彼(←原発のことです)を、忌み嫌った。放射線をまき散らす汚らわしき存在だと・・・。
あんなに、世の中のために働いたのに。これでは、怨霊になるしかないだろう・・・。

上記の原発に関する記載は、『呪いの時代:内田樹・著』にある。

今こそ、原発を、神の位置まで、まつりあげ、神として鎮魂すべきである。
そして、その神の恩恵を受けたのに、忌み嫌うのは、やめて、ひたすら、原発の怨念を沈めて、静かに眠らせてあげるべきなのだ。

半世紀以上前、アメリカは、日本に、人類初の原子爆弾を投下した。
HIROSHIMA,NAGASAKIは、原爆の怨霊で満ち溢れた・・・。

そして、FUKUSHIMAも・・・きちんと鎮魂されなければ、意味がない・・・。


多少、病み日和

2012-08-12 22:52:14 | Weblog
くもりがち。幾分、涼しい。

昨日、都内へ出て、その帰りの電車で、正体がなくなる程度の爆睡に陥ってしまった。

尾久から、埼玉新都心駅までの記憶が全くない。
中途半端な爆睡だっため、目覚めてから、頭痛がする・・・。
しかも、車内の冷房が強く、汗をかいたあと、急激に眠ってしまったので、咽喉が痛い。
随分と潜伏期間の短い?夏風邪か・・・と思い、おあつらえ向きに猛暑も一段落したようなので、今日一日は、ゆっくり休養でもしようかと思う・・・病み日和ってとこだろうか。

これで、先日のような殺人的?猛暑だったら、ゆるりと病んでいるのも苦痛だろう。
同じ病臥するにしても、高温の中で、せいぜい30℃くらいまでしか室温が下がらない半端なエアコンの中にいても、悪くなる一方のような気もする。
しかも、電力不足だし、如何に、身体が、不具合とはいえ、気も引ける。
その点・・・温度に左右されない適温であるならば、難儀せずとも、そのまま横になっていれば、身体もよく休まろうと言うもの・・・。
コレは、天が休めと私に命令しているようなもの(←そんなことは、ありません。天)。

8月に入っての第二週目の先週。
もうすぐ、夏季休業だというのに、アレやコレやと、いろいろあって、よく眠れぬ日も続いたし、そして、休暇明けから、月末にかけて、私自身にとって、厄介で、面倒な・・・そして、ソレを達成しても、たぶん、また、貧乏籤・・・なんだろうなぁ・・・と思う・・・事柄なので、憂鬱さは、募る一方である。

夏季休暇には、一晩中、本を読んだり、夏から秋に変わる間際の・・・あのか細い虫の声などを探して、夏休み特有のぐ~~~たらな生活を満喫しようと思っていただけに、気持ちの上でも、沈むばかり・・・。

休みくらい休んでいたいよ・・・と思うものの、休んでいると落ち着かない・・・貧乏性。
楽しい事など、ちっとも楽しめず、悪い方悪い方へと考えてしまう。

どうせ、この程度の運なんだからさ・・・。
・・・と開きなおりたくても、悪い予感は、消えることなく、増え続ける。

・・・そんな訳で、休暇中だというのに、軽い?夏病み・・・状態でもある。

早く、9月になって、開放されないだろうか・・・。
8月後半・・・可能であれば、ワープしたいくらいな日々である。



私は、更衣室が、大嫌いだ!!!

2012-08-10 22:52:59 | Weblog
午後から、蒸し暑さ復活。

夏季休業前の気怠い金曜日。
心・・・ここに在らず的な・・・金曜日。

・・・8月から、女子社員は、事務服を着用することになった。
事務服のまま、通勤できれば、コレ程、ラクで、経済的なこと・・・この上なし・・・。
・・・なのだけれども、勤務中は、基本的に事務服を着用すべし。他の衣類は、原則禁止。
通勤は、私服で、通うべし・・・なんて、通達があった。

・・・そんな訳で、朝は、更衣室で、着替えをしてから、事務所へ向かい、帰りは、更衣室で、私服に着替えて帰宅する・・・ということをしなければならなくなった。

久々の『着た切り雀』シリーズ。

着た切りを名乗るのは、始終、その姿でいるからであって、日々、会社で、2回も着替えをしなければならないなんてのは、論外。着た切りの名が廃る・・・では、ないですか・・・。
それに面倒このうえなし。

・・・しかも・・・女子社員、数十名が、大体、同じ時間帯に、一気に着替えをする訳である。

ああ・・・最悪。
私は、会話が下手なんで、ソソクサと着替えて、サササと更衣室を出ることにしている。

そして、一番イヤなのは、知らない人(この工場内の事務系の女子の、ほとんどが、ここで着替えをするので)がいるのに、服を脱がなきゃならないことなのだ。
・・・それなので、私は、始業前は、時間ギリギリに更衣室へ行くようにしているし、帰りは、少し時間を見てから、行くようにしている・・・。
そうすれば、比較的、空いているし、一気に着脱できるから。

考えようによっては、更衣室や喫煙所などは、コミュニケーションを発展させるのに有効な場だとは、思う・・・思うが、しかし、私のように、人見知りは、それが苦痛で仕方がない。

1週間たって、大体、こんなもんか・・・と思うけれど、コレさえなきゃなぁ・・・と思っている。

しかも・・・事務服は、デザインが、お姉さん向けなので、私などは、顔がついていかないような、むやみに可愛いデザインなのだ・・・。

やっぱ・・・コレは、ないだろう・・・毎日、毎日、そう思って着ている。

着た切り雀も地に堕ちた・・・そんな日々である。




美青年のいる文学史⑭『ドリアン・グレイの肖像:O.ワイルド・著』

2012-08-09 22:50:58 | Weblog
乾いた涼風の吹く一日。


ロンドンオリンピックも閉幕まで、あとわずか・・・。
それでは、今宵は、英国の美青年にご登場いただきましょうか・・・。

美貌の青年ドリアン・グレイ・・・。

半端じゃありません。

なんったって、ご本人は、美しい青年のまま、歳をとらないのですから。
美少年、美青年を経て、美中年?になり、美老人に到る・・・???
お綺麗な方は、それなりに美しく老いていくようですが、まあ、ほとんどは、老残。

男性では、あまり例が、ないかもしれませんが、女性は、若き日の美貌を保つため、外科手術まで、やっちゃったりする。
痛くても、カネかかっても、私は、私の美貌を保ち続ける・・・!
まあ、そういう方もいらっしゃいますが・・・。

さて、この美青年ドリアン・グレイ。
実体は、無垢で、清らかで、美しい美貌のまま。そして自分の肖像画の方が、歳をとって、それは、それは、醜くなっていきます。彼が、歳を重ねるたびに、彼が、背徳を重ねるたびに・・・刻一刻と、醜さを増します。

本当の自分の姿は、こんなに、醜い・・・。

相当、ナルシストで、自分の美貌に自信を持つ、ドリアン・グレイは、実際に、歳をとって醜悪になっていく自分を許せるのでしょうか?
肖像画と、鏡をみながら、その現実を受け入れることが、できるのでしょうか?

時を経て、周囲のひとは、みんなそれ相応に歳をとっていくのに、ドリアンだけは、いつまでたっても青年のまま・・・。
これには、周囲だって、反感を覚えるのではないでしょうか。

『歳をとらない化け物!』

そして、誰もが、思うハズです。
歳は、取りたくない・・・永遠に若く・・・死ぬこともない・・・そうだったどんなにいいでしょう・・・と。

でも、実際、そうなったら、どうでしょうか?
どなたかのナンセンス問答に

『死ななくなったら何をしますか?』
『自殺して遊ぶ・・・。』

というのがありました。


死なない美青年ってのも、案外大変なんだな・・・と思ったりする今日この頃です。

演劇では、男優だけの劇団である『スタジオ・ライフ』が、過去に、上演していたような気がするのですが、こちらは、見ていないので、記憶が曖昧です。
でも、あの劇団のアトリヴュートからすれば、非常にマッチした素材かもしれません。
女性演出家の倉田淳さんの演出で、みてみたいと思っております。



美青年のいる文学史⑬『近代能楽集・弱法師:三島由紀夫・著』

2012-08-08 22:54:36 | Weblog
湿度が低く、凌ぎやすい乾いた晴天。少し秋めいて。


このところ、少し間が空いてしまいましたが、久々の『美青年のいる文学史』。

「僕ってね、……どうしてだか、誰からも愛されるんだよ。」
俊徳の最後の科白(セリフ)。

5歳のとき、戦火の中で、両親とはぐれ、失明した俊徳ですが、彼が最後にみた風景は、戦火に染まる紅蓮の炎。
たぶん・・・太陽の沈む前の激しい夕焼けの色。

盲人の俊徳ですが、育ての親、そして、本当の両親を奴隷のように扱います。
たぶん・・・彼には、そうして奉仕してもらうのが、当然の人生。

裁判所の調停室で、二組の実の親と育ての親の親権を争う場で、調停役の桜間級子は、俊徳と面談しますが・・・彼女さえ・・・。

俊徳を愛してしまったようです。

三島由紀夫の描く独特の世界。
私は、この世界観を表現する言葉を知りません。
文字だけで綴られたこの短い短編の中で、形容できない世界。

しいていうなら、三島由紀夫が、割腹自殺したときに、発した稲垣足穂の発言。
『生きていた時から、首がないような気がしていた。』
・・・そのひとことにつきるような気がします。

文字であるにも関わらず、何故か、明瞭にヴィジュアル化(これは、私に限ったことなのですが)できるし、イメージも極めて明確なのに、どうしても、言葉にできない・・・深淵に潜む形容のしがたい何か・・・。たぶん、これは、私に表現力がないためなのだと改めて思うのですが・・・。

・・・どうしてだか、誰からも愛される僕・・・。
そう言い放つ俊徳は、たぶん、誰をも、愛さないし、愛せない。
愛されるけれど、愛さないし、愛せない・・・。

美青年は、それでいいのです。
それだからこその文学の中の美青年であり続けられるのです(・・・ってホントかよ?)。

最近の舞台では、岡本健一さんの俊徳が、印象的でしたね。