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9月6日(水) 曇時々激しい雨
昨夜は遅くまで起きていて、寝不足のまま早朝に玄関を開けて、「あらまっ、1粒の種から芽生えた朝顔が花を着けたよ」。
8月半ば。 花壇の隅に朝顔の二葉が1本芽を出し、やがて本葉が出てぐんぐん蔓を伸ばし出した。
どこかのお宅から種が飛んできた?
まさか! あんな大きな朝顔の種が?
多分、カラスやツバメやヒヨの糞に紛れて小さなわが家の花壇に芽吹いたものだろう。
鉢に植え替え、行灯づくりに仕立てたら、害虫も寄せ付けず伸びる、伸びる。
司馬遼太郎『播磨灘物語』に、如水・黒田官兵衛が荒木村重の手で、1年あまり摂津・有野城の土牢に幽閉され、足が立たなくなり体中が吹き出物に苛まれるような劣悪な環境に身を置きながら、ある日、牢の栫の上から藤の蔓が下がってきて、やがてその先に花房が着きだすと、官兵衛は「きっと、必ず、自分は助かる」と藤の花房に生きる希望を託し、強い精神力で生き延びるのである。
このくだりを、司馬さんは実に感動的に描いておられ、専業主婦の頃に読んだ『播磨灘物語』の「藤の花房」の項の、死生観を花に托す思想は、のちに『金つなぎ・五つの理念』の要諦となり、桜花を象徴花と決め、辛いことだけれど患者自らが【死生観の涵養】を心に誓うことで、メンタルの強化・進化を試みて来た。
エミール・クーエの詩から【きっと良くなる、必ず良くなる】のモットーも生まれ、金つなぎ活動に太い芯棒が立ったのであった。
テレビ大阪・大阪新聞のコラボ企画【広野光子の癒し最前線】で、東大阪の司馬遼太郎邸に取材に伺い、みどり夫人(随筆家・福田みどり)の「司馬さんはね…」「司馬さんの…」など、夫君の日々を愛おしむような物言いが、とても可愛らしくて、また、生前のままに祭壇にはさんまの開き、お味噌汁、小鉢、お漬物などのその日の朝食が供えられ、生ける人に語るごとくに話されるみどり夫人は、本当にほんとうに、可愛らしいのであった。
共に、今は亡き人になられたご夫妻は、お揃いで次の世の取材旅を楽しんでおられることだろう。 今日も朝の読経で謹んで合掌の誠を捧げ奉る。
この企画を通してくださった大阪新聞の日高一行常務編集局長、テレビ大阪の桐山勝編成局長(のちに日経ⅭNBC社長)、西村聡Pd、井上宏幸Dt、坂口芳隆Dt、藤井一道Dt。 思い出すだけでも即座に思い浮かぶ【熱いひとたち】の言行に、ほんとうに貴重な体験を数々させていただいたことが有難く改めてお礼申し上げる。 台風10号から13号がらみの、時折降る激しい雨や強い風のお見舞いを申し上げつつ。
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