今日の朝日新聞の『声』の欄に、名古屋市の河村市長と議会に対し、「対立の余裕はない」という投書があった。投書の方が言うように「市長は(議員提案の)条例のどこが越権なのか、きちんと説明すべきだ」と私も思う。しかし、「対決が行政の停滞を招かないか、心配だ」「いつまでも市長と議会がもめている余裕などない」となると、首を傾けたくなる。確かに名古屋市の状況は「感情的な対立」のようにさえ見えるが、これが本当なら全くよくない。河村市長ももう少し論理的に説明して、市民の支持を得るべきだと思う。
それでも、河村市長を支持する市民は多い。特権意識の強い市議会議員を「ギャフンとやっつけて欲しい」と言う人もいる。市民感覚としては、市長の報酬を800万円に切り下げた河村市長に「頑張って欲しい」というのは当然な気持ちだろう。市議会の議員が何をしているのか、その報酬は2千万円を超えているけれど、果たしてそれでいいのか。本当はそんな金銭の問題だけではなく、議会とは何か、もっと言えば、行政とは何か、とそういうことが問題の本質だと思う。なんとなく、私たち市民のために働いてくれている市長や議員は「エライ人」だから、高い報酬は必要だろうと漠然と私たち市民は思い込んできた。
人間はこんなものなのだと、思い込んで来たことは他にもある。『声』の欄の隣に、75歳の女性からの「出会いは不思議 75歳の初恋」という投書が載っていた。「人生の下り坂にさしかかって、初めて恋しい人と出会いました」「人の出会いは不思議なものですね。この年になって、神様はいたずら心を起こされたのでしょうか。毎日がこれまでと違う幸せを感じております」と。多くの人はこの女性をただ夢見ているだけだと言うかもしれない。人が何と言おうと構わないのではないかと思う。恋する彼女はきっと活き活きとしていることだろう。
私の中学時代からの友だちも、奥さんがいるのに12年以上に渡って好きな女性がいた。私たちのアユ釣りの名人も今、恋に悩んでいる。彼は63歳の生涯の中で、最高にフィーリングが合う女性に出会ったと言う。ところが名前も携帯の番号も聞けなかったそうだ。その女性に会いたくて出会った場所を彷徨っていると言う。女性たちは「そんなのは許せない」と言うけれど、男性たちの意見は「あんたの単なる思い過ごしだ」とつれない。男が女に魅かれて、「友だちでいられるはずがない」という意見が圧倒的だ。男はどうしようもなく、女に溺れていく。女はどうしようもなく、恋を求めていく。そんな風に人間はできているのだろう。
奥さんがいるのに、他の女性を好きになる男を妻たちは「許せない」と言うけれど、その彼女たちも「初めて恋しい人」に出会ったならばきっと恋に落ちるだろう。人は思い込みや常識の範囲を超えて、人として新たな自分を見出すことがあるのかもしれない。私たちのアユ釣りの名人は「恋」に恋しているのだろうけれど、彼は自分の気持ちは純粋なもので、プラトニックだから奥さんを裏切ってはいないと言う。そういう言い方を聞いて、私の中学時代からの友だちのそんなことを言っていたことを思い出した。でも、男が女にプラトニックだけでいられるのだろうか、男たちは自分の経験から「ノー」と言う人が多い。
それでも、河村市長を支持する市民は多い。特権意識の強い市議会議員を「ギャフンとやっつけて欲しい」と言う人もいる。市民感覚としては、市長の報酬を800万円に切り下げた河村市長に「頑張って欲しい」というのは当然な気持ちだろう。市議会の議員が何をしているのか、その報酬は2千万円を超えているけれど、果たしてそれでいいのか。本当はそんな金銭の問題だけではなく、議会とは何か、もっと言えば、行政とは何か、とそういうことが問題の本質だと思う。なんとなく、私たち市民のために働いてくれている市長や議員は「エライ人」だから、高い報酬は必要だろうと漠然と私たち市民は思い込んできた。
人間はこんなものなのだと、思い込んで来たことは他にもある。『声』の欄の隣に、75歳の女性からの「出会いは不思議 75歳の初恋」という投書が載っていた。「人生の下り坂にさしかかって、初めて恋しい人と出会いました」「人の出会いは不思議なものですね。この年になって、神様はいたずら心を起こされたのでしょうか。毎日がこれまでと違う幸せを感じております」と。多くの人はこの女性をただ夢見ているだけだと言うかもしれない。人が何と言おうと構わないのではないかと思う。恋する彼女はきっと活き活きとしていることだろう。
私の中学時代からの友だちも、奥さんがいるのに12年以上に渡って好きな女性がいた。私たちのアユ釣りの名人も今、恋に悩んでいる。彼は63歳の生涯の中で、最高にフィーリングが合う女性に出会ったと言う。ところが名前も携帯の番号も聞けなかったそうだ。その女性に会いたくて出会った場所を彷徨っていると言う。女性たちは「そんなのは許せない」と言うけれど、男性たちの意見は「あんたの単なる思い過ごしだ」とつれない。男が女に魅かれて、「友だちでいられるはずがない」という意見が圧倒的だ。男はどうしようもなく、女に溺れていく。女はどうしようもなく、恋を求めていく。そんな風に人間はできているのだろう。
奥さんがいるのに、他の女性を好きになる男を妻たちは「許せない」と言うけれど、その彼女たちも「初めて恋しい人」に出会ったならばきっと恋に落ちるだろう。人は思い込みや常識の範囲を超えて、人として新たな自分を見出すことがあるのかもしれない。私たちのアユ釣りの名人は「恋」に恋しているのだろうけれど、彼は自分の気持ちは純粋なもので、プラトニックだから奥さんを裏切ってはいないと言う。そういう言い方を聞いて、私の中学時代からの友だちのそんなことを言っていたことを思い出した。でも、男が女にプラトニックだけでいられるのだろうか、男たちは自分の経験から「ノー」と言う人が多い。