先輩は元気がない。「どうしました?」と聞くと、こんな話をしてくれた。カミさんと歩いていた時、とてもキレイに咲いたツツジを見つけた。彼は、「母さん、そういえばうちのツツジはまだ咲かないね。どうしたのかねぇー?」と聞いた。カミさんは「あなたが滅茶苦茶に剪定したからですよ」と答えた。その場はそれで終わったけれど、家に帰って日記を見ていると、何日か前に自分の家のツツジが咲いて、咲き終わった花が茶色くなってみっともないと書いてある。
どうやら彼のカミさんは、彼が忘れていることを知って、心配かけないようにと思って話を合わせたようだ。先輩は、町内で集めた自治会費を役員さんのところへ持って行く日を間違ってメモしていたり、せっかく買った音楽会の入場券だったのに、すっかり忘れて行けなかったり、人の名前や地名が出てこなかったり、そんなことが近頃続くそうだ。
それで心配になって、脳外科でMR検査をしてもらったところ、「残念ながら何もありません。キレイな脳です」と診断された。しかし、実際の生活では物忘れが多い。「アルツハイマーと言うことはありませんか?」と念を押して聞いてみたが、「その心配はないと思います」と言われたそうだ。確かに近頃の先輩は、以前の先輩とはちょっと様子が違う。急に老け込んだようで、元気がない。原因は分からないけれど、難聴になってしまったことも大きい。
音が聞き取りにくいからか、相手の言うことを無理に聞こうとするからか、しかめっ面をしていることがある。しゃべり出すとなかなか止まらないのは昔からの癖で、自分のことに引き寄せて話すことも変わらない。もう少し、相手の言うことを聞いてあげればいいのにと思うことは何度もあった。そうした点ではそれほど大きく変わったわけではないと思うけれど、難聴になってからはこの傾向は強くなった。
けれども決して悪い人ではないし、むしろ頭のよい、いい人の類だ。自分の給料明細をカミさんはもちろん子どもにまで見せてきたそうだ。決して怒りをぶちまけたりするタイプではない。穏やかで、知識の豊富な、誠に紳士的な人だ。一度も他所の女性に恋心を抱いたことはないと断言する潔癖な人でもある。極めて理想家で、「町中に市営バスを走らせたらいい」とか、「大和塾で、将来に希望を持たない大学生に講演してもらえば、もっと若者のことが分かる」とか言う。その通りだけれど、現実を見ていない。
私がペースメーカーの植え込み手術を受けたことを先輩はとても心配してくれて、「原因は何だったの?」と言う。私は「老化ですよ。要するに歳を取ったのです」と答える。若い時はそうではなかったのに、なぜなのだと思ってしまうことは多い。若い時は出来たことが出来なくなることも増えた。先輩は「最近、辞書を引くことが出来ない。ページをめくろうと思っても指の油がなくて、イライラしてしまう」と言う。
老化は仕方がない。だからクヨクヨする必要ない。人間の身体の細胞は常に生まれ変わっている。それなのに、老化していくのだ。気楽に生きようなどと言ってもそうは出来ないが、出来ないことを嘆くよりも、歳のせいにしておこうと思う。先輩は生真面目すぎる。他所の女性にでも恋心を持てば、もっと人生が楽しく苦しく人間的になれるのにと、不真面目な私は思う。
それから、昨日ブログを更新しなかったのは、忘れたのではありません。子どもの日と母の日と誕生日と私の快気を祝って、みんなで飲んで食べたからです。念のため‥。