子どもたちのはしゃぐ声がするので窓の外を見ると、ホワイトアウト状態になっていた。天気予報で東海地方でも雪になるとは聞いたけれど、午前中の様子から降ってもパラパラかと。風が強く、寒さは厳しいが、雪が積もることはないだろうと思っていた。北の空から黒い雲が流れ込んで来るが青い空も見える。ところが午後3時を過ぎた頃から、空が一面灰色に覆われ、相変わらず強い風に乗って霙が舞い始め、あっという間に銀世界へと変わっていった。
雛祭り 過ぎても雪の 降るように あなたを求め 風舞い狂う
東京大空襲から70年目の今日、墨田区の都慰霊堂で、秋篠宮ご夫妻、安倍首相も参加して追悼式典が行なわれた。来襲したB29は300機、投下された焼夷弾は2000トンという。「B29は目標の周囲にまず巨大な火の壁を作った後、逃げ惑う人々に狙いを定めて、無差別じゅうたん爆撃を加えた」(東京大空襲の記録)。亡くなった人は10万人、東京の4割が焼け野原となった。「原子爆弾を除く空襲では、世界最大の惨事」とノーベル賞受賞者のブラケット博士は指摘している。
日本の各地が空襲を受けたことは、先日の民放テレビの企画『私の街も戦場だった』でも知るところだ。広島に続いて長崎にも原子爆弾が投下された。殺人事件の裁判ではよく、「何の落ち度もない人を殺した」と言うが、戦争では何の落ち度もない多くの人々が犠牲になった。戦争は兵士たちの戦いだけではなく、たとえ終結してもなお多くの後遺症が人々に残る。「イスラム国」への空爆も、ウクライナでの戦闘も全く同じだろう。
日本はこんなに被害があったのだから、第2次世界大戦での犠牲者は世界のトップだろうと思ったが、最も死者が多かったのは2000万人のソ連、次が1000万人の中国、3番目がポーランドだった。日本は300万人、ドイツは600万人と中学の社会科の教科書にあった。無差別爆撃を受け、原子爆弾を落とされた日本はなぜアメリカに抗議しないのかと子どもの頃に思ったけれど、戦争は常に勝利した国が負けた国を支配してきたことを知り、戦争そのものを2度としないことが何よりも大事だと知った。