朝からルーフバルコニーで、ひたすらかがみこんで作業をする。午前中は日陰なので作業は順調に進む。午後は陽が射してくる。天幕を張って、その下で作業する。ところが3時過ぎくらいになると、突風で天幕が吹き飛ばされそうになるから、気が気でない。買って来たサルビア28本をカミさんに植えてもらった。
残る鉢は7鉢となった。ひとりで黙々と作業をしていると空想の世界というか、妄想の世界に入り込んでいく。野坂昭如氏が歌っていた『黒の舟唄』が頭のどこかで響いている。「男と女の間には、深くて暗い川がある」のはどうしてなのだろう。何がふたりを隔てているのだろう。男は「今夜も舟を出す」が、女は受け入れてくれるのだろうか。
高校生の時、友だちがよく『籠の鳥』を歌っていたから、私も覚えてしまった。「逢いたさ見たさに怖さも忘れ、暗い夜道をただひとり 逢いに来たのになぜ出て逢わぬ ボクの呼ぶ声忘れたか」。彼は恋する人のところへ、暗い夜道を訪ねて行ったのだろうか。私にはそんな勇気がなかった。告白することも無く、遠くから眺めていて充分満たされていた。
「好きだと言わなくて、どうして相手に伝わるのか」と言われて初めて、そうかそういうものかと気付いたが、自分が好きならきっと相手に伝わっていると思っていた。「結婚するまで、手も握らなかった」と娘たちに話した時、「バッカみたい」と鼻で笑われた。男は深くて暗い川に船を出し、女に逢って何をするのか。夜道を逢いに出かけた男は何がしたかったのか。
ふたりで意味のない話をとめどなく続け、「今日はとてもよかった」と満足して別れる。その時、せめて別れ際に手を握ることはないのだろうか。もっと大人になれば、抱き合ってキスすることは出来たのだろうか。鳥が飛んできて、「ピーィ、ピーィ」と鳴く。よかったね、籠の鳥でなくて。私は膝と腰が痛い。