友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

殺伐とした時代へ突き進むことにならないか

2021年02月24日 17時37分01秒 | Weblog

 しようと思っていたことが出来なくなってしまった。ならば、別のことをすればいいのに、何もしたくなくなった。グデグデと本を読み、お茶を飲み、ボーとして一日を過ごす。コロナに感染した訳でもないのに、どうしてこんなに無気力なのだろう。

 札幌の海鮮市場から電話がかかってきた。北海道へ行った時、買ったものを送ってもらったことがあった。その伝票を見て電話している様で、「お値打ちな海鮮ものを揃えましたので、ぜひ召し上がってください」と若い男の子が言う。最近、美味しい魚を食べていない気がしてきて、OKしてしまった。

 北海道は大荒れの天候が続いているようだけど、大丈夫なのだろうか。私の購買など微々たるものだろうけど、何かの役に立つならとも思う。一生懸命に働く人、働きたくても働く場所の無い人、世の中は様々だ。

 小学校で、「あだ名禁止」が広がっているらしい。「あだ名」で呼ばれて傷ついた子がいる。「あだ名禁止」がいじめの撲滅にはならないかも知れないが、全ての児童が「さん付け」で呼ばれるのはいいと思う。まず、先生が男も女も区別なく、「さん付け」で呼んで欲しい。先生の中には神戸の事件のように、「ボケ」とか「カス」とか呼ぶことが親しさの表現だと誤解している人がいる。

 コロナ禍のせいなのか、学校ではパソコンの普及が進められている。教育の方法としてはあるかも知れないが、対面が基本だと思う。先生とあるいは子どもたち同士の触れ合いの中で育まれていくのに、端末機を眺めているだけでは子どもは中身を忘れてしまうだろう。さらに殺伐とした時代へ突き進むことにならないだろうか。


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 情ない話 | トップ | 政治が悪過ぎる »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
殺伐とした時代へ突き進むことにならないか (ヒロシです)
2021-02-25 11:06:01
たしかに学校教育のみならず会社でも働き方改革やコロナ禍で益々リモートワークが増え対面コミュニケーションが少なり殺伐とした方向に向かっている。将来、学校の先生も会社の管理者もAIロボットになってゆくのではと危惧している。AIはカラオケ採点機の様に頭はあるが、心がないから・・・

返信する
Unknown (鈴木よしひこ)
2021-02-25 17:54:23
AI化出来るものと出来ないものがあるはずです。それを考えないといけないと思います。
返信する

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事