コメント
 
 
 
清経公 (揚羽蝶)
2016-12-30 23:39:41
 清経公は、清盛公の清の一字を頂きました。また横笛の名手だったが、残念ながら入水自殺されたという事ですね。
心優しくナイーブな方だったと思います。
しかし、世阿弥作の能にも演目があり最後は、成仏されたということですね。  合掌。
sakura様へ、この一年色々ご教授頂きまた、楽しませて頂きありがとうございました。
よいお年をお迎えください。
 
 
 
「平清経」はお能の演目としてしか知りません。 (yukariko)
2016-12-31 16:01:37
清経は鹿ケ谷事件の首謀者藤原成親が叔父、その妹の経子を母とし、本来なら平氏の主流を占めるべき嫡男重盛の三男でありながら、父が早世したため次第に傍系へと追いやられてゆき、都落ち以後も重盛の系統は他の平氏一門とはどこか色合いが違うかのような扱い、この九州でも元郎党の緒方惟栄(義)に背かれ追い払われるといった情けない運命は彼に厭世観をますます深めさせた事でしょう。

深く愛し合った妻でもなかったのか形見の遺髪の受け取りを拒み、宇佐八幡へと送り返した冷たい妻の気持ち、清経(霊)の気持ち、本当に成仏したのかなあと思いました。恨みも憎しみもいつしか淡い心持になってしまったのでしょうかね。
共に暮らした日々もほとんどない男女ならそんなものかもしれませんが、だいたいがお能では簡単に成仏しすぎでは?(笑)

それにしても丹念に残された史跡を経巡って下さっていますね。
「清経」という演目だけではいまいちピンとこなかった彼の辛さや悲しみがその五輪塔を目にすることでひしひしと感じられました。ありがとうございました。
 
 
 
揚羽蝶さま (sakura)
2016-12-31 17:25:06
清盛の名から一字をもらったそうですね。
清経は重盛の正妻経子との間に生まれた長子ですから、
それだけに清盛の期待も大きかったのでしょう。

平家の公達は、和歌や管弦に優れた人が多く、
それがこの物語の魅力のひとつとなっていますね。
「清経」は仕舞でも演じられ、昨年の春には、
この舞を地元の能舞台で観ました。

素人の書くブログをいつも訪問してくださり、
その上、コメントまでいただきましてありがとうございました。
揚羽蝶さまもどうぞいいお年をお迎えください。
 
 
 
yukarikoさま (sakura)
2016-12-31 17:36:42
「都落ち以後も重盛の系統は他の平氏一門とは
どこか色合いが違うかのような扱い、」そうですね。

その上、緒方惟栄を説得できなかったことが、
小松殿の子たちをますます追い詰めていったようです。

そして行くあてのない平家は、西海の波の上に漂う日々を過ごすことになります。
その後、一門は屋島に陣を構えますが、そこを抜け出した
維盛も那智の沖で入水します。

謡曲「清経」は「平家物語」に基づき、平家の公達
清経の最期の時に望む気持ちを、都に残された妻への夢語りの中に描いた曲です。

Yukarikoさま、今年もたくさんのコメントありがとうございました。
どうぞいいお年をお迎えください。
 
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