コメント
寂光院
(
揚羽蝶
)
2017-03-18 20:12:26
建礼門院ゆかりの寂光院には平家一門の位牌があり、有り難いことだと思います。平家にとっては、特別な場所であり右隣には建礼門院大原西陵、近くには阿波内侍、大納言局らのお墓がありますね。
また、謡曲大原御幸の題材になったのは、うれしい事です。いつも後白河法皇には、複雑な思いがありますが。
揚羽蝶さま
(
sakura
)
2017-03-21 09:07:39
お返事が遅くなって申し訳ありませんでした。
寂光院は平家滅亡後、建礼門院が隠棲し余生を送った寺、
平家にとって特別な場所ですから、揚羽蝶さまも参拝なさったようですね。
お書きくださったように、寺の隣には建礼門院の御陵や
近くには、女院に寄り添い仕えた女房たちの墓もあります。
法皇の御幸は平家一門が壇ノ浦で滅亡してから一年後のことです。
女院にしてみれば、合戦の恐怖や幼いわが子を抱いて入水した母、
海底に沈んだ兄弟らの記憶が生々しく、
心静かに法皇と対面できる状態ではなかったと思われます。
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また、謡曲大原御幸の題材になったのは、うれしい事です。いつも後白河法皇には、複雑な思いがありますが。
寂光院は平家滅亡後、建礼門院が隠棲し余生を送った寺、
平家にとって特別な場所ですから、揚羽蝶さまも参拝なさったようですね。
お書きくださったように、寺の隣には建礼門院の御陵や
近くには、女院に寄り添い仕えた女房たちの墓もあります。
法皇の御幸は平家一門が壇ノ浦で滅亡してから一年後のことです。
女院にしてみれば、合戦の恐怖や幼いわが子を抱いて入水した母、
海底に沈んだ兄弟らの記憶が生々しく、
心静かに法皇と対面できる状態ではなかったと思われます。