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亀岡に所領があったとは…! (yukariko)
2008-08-15 22:29:43
車で亀岡に行く時に通る道のあたりが頼政の旧所領で、7Cの古墳の上に頼政塚があるなんて!

亀岡なら平等院に行くよりも簡単に見に行けるはずですが、好奇心の塊の私でもこの暑さでは日中に山越えをする根性がないですね。

「老の坂」から亀岡は明智光秀の明智越えでなくても丹波・中国方面にゆく交通の要衝ですものね。
著名人が通った記録は山のようにある筈ですが、判官びいきの言葉が示すように義経が庶民に愛されていた印ですね。

そういう古い言い伝えで義経が生きていた時代も実感できる気がしますね。

頼政の子孫がどうして生き残ったかが分かり納得です。
詳しい解説をありがとうございます。
 
 
 
亀岡は車で行くと40分位でしょうか。 (sakura)
2008-08-16 19:26:34
義経は平家追討のため一ノ谷に向かった時、亀岡を通ったことが
平家物語の文中から分かります。(現在の篠山街道)

その道筋に所々義経、弁慶の史跡が残っていて、
義経の馬のひずめの跡までも、残っています。
ひずめの跡なんて伝説なのでしょうが、やはり義経は人気ものですね!

高槻から9号線に出る少し手前、道の左手に「那須与市堂」の駒札が立っていて、
お堂はそこから少し上にあります。

以前村人が与市の法要をしている所に、
偶然にたずね一緒にお参りさせて頂いたことがありますが、
今に至るまで地域の人々に那須与市も大切にされているのを実感しました。

 
 
 
頼政塚行ってまいりました。 (自閑)
2016-01-02 18:17:29
sakura様
貴blogをしるべとして頼政塚に行ってまいりました。懇切丁寧なblogに感謝申し上げます。
愛宕神社から約6km歩き、途中平等院扇の芝なるものがあったのですが、頼政関連とは知らず通り過ぎてしまいました。
正月早々、交差点信号を熱心に撮影する変な輩と奇異な目で見られ、近隣お住まいの方にも頼政塚なんぞ正月に来て?と思われたかと。
そもそも愛宕神社の神主さんにも、
「散歩ですか?」、「初詣です」???正月ですよね。
 
 
 
お参りありがとうございました。 (sakura)
2016-01-04 09:20:33
愛宕神社からお歩きになったそうですが、
お正月早々いい運動をなさいましたね。
近年の住宅開発で塚のすぐ傍まで民家が迫り、
頼政もゆっくり眠っておれなくなりました。
亀岡にも扇の芝があるそうですね。
お歩きになったからこそ気がつかれたのだと思います。

新年は近くの神社に行くか、亀岡周辺では出雲大社に
参拝したこともあります。沓掛にある酒呑童子伝説の
首塚大明神やその近くに葬られている桓武天皇の母
高野新笠の墓にもお参りしたことがあり、
あまり人には言いませんが、大抵こんなところです。
 
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