コメント
歴史の大きな転換点にかかわった一族なのですね。
(
yukariko
)
2018-07-23 21:10:56
藤原師光が平家打倒の先導役を果たし、その子親家が
義経の屋島進攻の道案内をしたとは、凄い歴史の巡り会わせの転換点に立ち会った一族ですね。
わが世の春の平氏が鹿ケ谷の事件をきっかけに崩壊し始め、逼塞していたはずの源氏が台頭してこの後、全国が源氏一色になってゆくのですから。
そのようですね
(
sakura
)
2018-07-26 10:13:34
父親を清盛に惨殺された近藤六親家は、時の流れで
平家に従いながらも
深く清盛を恨んでいたと思われます。
親家は義経に早くから通じ、四国の情勢を事あるごとに報告し、
平家の主力部隊が伊予に出陣していて、今屋島が手薄であると知らせたので、
義経は悪天候にもかかわらず、阿波へと船出したのでしょう。
親家は地元の武士ですから、阿波勝浦から屋島への道や引き潮の時には、
屋島へ馬で渡れる事などすべて知り尽くしていたはずです。
源氏は正面の瀬戸内海から攻めてくるものと思い込んでいた平家は、
海からの攻撃に備え、舟を入江に停めていたのですが、
陸地からの義経の奇襲攻撃に一たまりもありませんでしたね。
お返事が遅くなって申し訳ありませんでした。
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義経の屋島進攻の道案内をしたとは、凄い歴史の巡り会わせの転換点に立ち会った一族ですね。
わが世の春の平氏が鹿ケ谷の事件をきっかけに崩壊し始め、逼塞していたはずの源氏が台頭してこの後、全国が源氏一色になってゆくのですから。
平家に従いながらも
深く清盛を恨んでいたと思われます。
親家は義経に早くから通じ、四国の情勢を事あるごとに報告し、
平家の主力部隊が伊予に出陣していて、今屋島が手薄であると知らせたので、
義経は悪天候にもかかわらず、阿波へと船出したのでしょう。
親家は地元の武士ですから、阿波勝浦から屋島への道や引き潮の時には、
屋島へ馬で渡れる事などすべて知り尽くしていたはずです。
源氏は正面の瀬戸内海から攻めてくるものと思い込んでいた平家は、
海からの攻撃に備え、舟を入江に停めていたのですが、
陸地からの義経の奇襲攻撃に一たまりもありませんでしたね。
お返事が遅くなって申し訳ありませんでした。