第三回「二百十日」俳句大会!
〜大会レポート〜
令和元年9月1日(日)、漱石の小説『二百十日』を記念して「第三回『二百十日』俳句大会」(同実行委員会主催)が、阿蘇内牧の阿蘇ホテル一番館において開催された。大会参加者数は50名でした。事前投句には71名、計240句の投句があった。また、今年初めて行われた阿蘇吟行を伴った当日投句には20名100句が集まった。昨年に続いて台湾からの受賞者の来日参加があり、俳句の国際化は周知のものとなった。
大会では講話と表彰式が行われた。まず俳人協会熊本県支部長・俳句大学学長の永田満徳氏(「未来図」同人)が「三好達治 阿蘇詩二篇」と題して次のような講話を行った。
「大阿蘇」は雨、馬、山などの描写を用いて無駄のない写生的な表現となっている。一方「艸千里濱」は風景そのものを書くのではなく、抒情的な表現で自分の心象を通して書いていて、対照的である。また、同じ時期に発表された「大阿蘇」が口語体で書かれているのに対して「艸千里濱」は文語体である。「艸千里濱」が文語体で書かれているのは昭和12年以降の軍国主義の台頭と古典回帰を反映している。「艸千里濱」以降の詩は文語をもっぱら採用することになる。そういう意味で、同時期に書かれた阿蘇詩二篇は優れた作品というばかりではなく、三好の詩的道程において転換点を示す、きわめて重要な作品ではないか。
入選句の披講、表彰に続いて選評が行われた。事前投句の選者の奥坂まや氏、五島高資氏は欠席のため選評は代読となった。その後、永田満徳氏が行った。当日投句は安倍真理子氏が受賞句の選評を行った。なお、大会賞6句は3人の選者の特選、秀逸から各後援団体が選んだ。(紙面の関係で、選評は大会賞入賞句のみの掲載・当日投句は投句人数、投句数のみ)
■大会大賞
山脈は大きな腕鷹渡る
加藤いろは
[奥坂まや氏評]
山脈を「大きな腕」と表現したことで、山々が腕と化して、抱いた鷹の群れをバトンタッチするかのように次々と南へ送ってゆく、雄大で慈愛に満ちた世界が顕現しました。
私たちの心の裡では、山もまた命も魂も備えている存在。まさに「草木国土悉皆成仏」です。
■阿蘇市長賞
峰雲を拒み噴火の黒煙
吉田 幸子
[奥坂まや氏評]
「地の底の燃ゆるを思へ去年今年」という桂信子の句がありますが、生きとし生ける物にとって、生命の源泉のひとつである、地球の熱源。噴煙はまさに、その熱の地上への顕現です。
峰雲すらも問題にしないほどの迫力で噴き上げてくる黒い煙が活写されました。
■阿蘇ジオパークガイド協会賞
水のこと漱石のこと聞く孟夏
原 茂美
[永田満徳氏評]
阿蘇は伏流水が多く、名水の宝庫である。また、阿蘇は夏目漱石の短編小説『二百十日』の舞台である。掲句はそういった意味では阿蘇の風物が背景にある句である。「孟夏」の暑さを物ともせず、土地の人などに聞きながら、阿蘇散策を楽しんでいる情景が目に浮かぶ。
■熊本県俳句協会賞
日雷阿蘇の赤牛身動がず
西 史紀
[奥坂まや氏評〕
白昼の雷鳴にもびくともしない赤牛!
宏大な阿蘇のカルデラのなか、放牧の赤牛の堂々とした躯体が見えてきます。
■俳人協会熊本県支部賞
雲海や夢の続きを起きてみる
小山 禎子
[五島高資氏評〕
一面の雲海を目の当たりにすると、まるで天上にいるかのような感覚をおぼえる。この世とは違う世界の現出である。それが寝起きの早暁であれば、なおさらである。さらに、覚鑁(かくばん)上人の〈夢のうちは夢もうつつも夢なれば覚めての夢もうつつぞと知れ〉などを彷彿させていっそう深い詩境への展開も感じられる。
月刊「俳句界」文學の森賞
■二百十日水割つてゆく鯉の背
加藤いろは
[五島高資氏評〕
二百十日は、九月初旬にあたり、台風などの暴風雨がやってくる時季と重なることもあり、特に農家では心構えを必要とする。その水面を鯉の背が水を分けて進む。その波紋を伴って曳かれる水脈に一抹の不安が脳裡を過ぎる。静かなればこそいっそう嵐への思いが際立つ。自らの心の一面を実景の中の刹那にさらりと掬い取った感性の鋭さに感銘した。
[選者賞]奥坂 まや 選
《特選》
山脈は大きな腕鷹渡る
加藤いろは
《秀逸》
日雷阿蘇の赤牛身動がず
西 史紀
草千里飼葉熱れに秋深む
村上 重夫
峰雲を拒み噴火の黒煙
吉田 幸子
噴煙を押し上ぐる噴煙の夏
安倍真理子
《佳作》
夕菅に風立ち初めて阿蘇昏るる
田代 幸子
夕日背に行けど進めど薄原
大塚ツユ子
赤とんぼ音なく群れて人の逝く
畑田 孝子
緑陰や晩年やつと自由です
畑田 孝子
夏の蝶翅の重たき日もあらむ
阿部千保子
阿蘇谷の入り日は速しゐのこづち
菅野 隆明
高千穂の神はおほらかにごり酒
菅野 隆明
地下街の灯に倦む二百十日かな
西嶋 景子
青空に飛雲一朶や西瓜くふ
氣多 驚子
瓦礫より立つ阿蘇神社風光る
洪 郁芬
[選者賞]五島 高資 選
《特選》
二百十日水割つてゆく鯉の背
加藤いろは
《秀逸》
天の川飲み干してゐるカルデラ湖
伊藤 正美
ちり取に大き雨粒汀女の忌
涼野 海音
雲海や夢の続きを起きてみる
小山 禎子
虞美人草耳には遠く蟬しぐれ
有馬紀仁子
《佳作》
板敷の艶も涼しき峠茶屋
原 茂美
涅槃岳影を写して代田澄む
田代 幸子
夕菅に風立ち初めて阿蘇昏るる
田代 幸子
田の匂ひ満ちて木星またたきぬ
吉野 倫生
放牧のひと日を仕舞ふ天の川
児玉 文子
旅の宿明日の元気へ髪洗ふ
吉田 幸子
奥阿蘇のペトログラフや蚯蚓鳴く
菅野 隆明
初蟬の入りて膨らむ神の杉
木村 信子
椎茂る石に九曜の水源地
古賀 一正
朝がほの一つほどけぬ莟かな
荒尾かのこ
[選者賞]永田 満徳 選
《特選》
水のこと漱石のこと聞く孟夏
原 茂美
《秀逸》
赤とんぼ音なく群れて人の逝く
畑田 孝子
早乙女は尻から進む日本晴
古賀 一正
夏草を観て夏草へ降りるヘリ
大海 八緒
二百十日水割つてゆく鯉の背
加藤いろは
《佳作》
阿蘇に湧く水をいのちに新豆腐
西 史紀
夕菅に風立ち初めて阿蘇昏るる
田代 幸子
馬撫でて馬の温みや草の花
阿部千保子
石ひとつ変へて植田の水加減
中上ひろし
初蟬の入りて膨らむ神の杉
木村 信子
磯遊び水平線を高くして
長田 力
寝釈迦いま阿蘇の茂りを褥とす
荒尾かのこ
噴煙を押し上ぐる噴煙の夏
安倍真理子
山脈は大きな腕鷹渡る
加藤いろは
このあたり汀女句碑立つ蜻蛉かな
上杉 游水
※ 当日投句 20人100句
安倍真理子 選
特選1、秀句5、入選10
漱石は明治32年の夏、第五高等学校の同僚・山川信次郎と二百十日をはさんで四泊五日の旅をしている。内牧の養神館(現在はない)に泊まり、阿蘇神社に参拝し、阿蘇中岳登山を試みたが火口にはたどり着けなかった。その旅を背景として書かれたのが小説『二百十日』である。そしてその旅を記録するかのような俳句も多数残っている。
温泉湧く谷の底より初嵐
北側は杉の木立や秋の山
朝寒み白木の宮に詣でけり
灰に濡れて立つや薄と萩の中
確かに漱石が熊本で暮らし、学び、旅をしたという痕跡に、俳句を通して触れることで顕彰の意義としたい。
(レポート・西村楊子)