【菫程な】の「 な ]考!
[ 菫程な小さき人に生まれたし ]
〜 二つの漱石の菫の句を元にして 〜
現行句の確認
①初出[子規に送りたる句稿 二十三 四〇句〕 明治30年(漱石全集 第十七 岩波書店)
[ 菫程な小さき人に生まれたし ]
②短冊(大正3年か、4年)(『図説漱石大観』1981年角川)
[ 菫ほどの小さき人に生まれたし ]
➂自筆句(句碑・作成時期不明):子規記念博物館蔵
[ すみれ程の小さき人に生まれたし ]
自筆句は②「菫」は漢字、➂「すみれ」は平仮名であるが、②➂の「 の 」はいづれもそのままである。
参考:「菫程な小さき人」という表現は、明治41年の作品『文鳥』に再び「菫ほどな小さい人」として現れる。
「文鳥はつと嘴を餌壺の真中に落した。そうして二三度左右に振った。奇麗に平して入れてあった粟がはらはらと籠の底に零れた。文鳥は嘴を上げた。咽喉の所で微な音がする。また嘴を粟の真中に落す。また微な音がする。その音が面白い。静かに聴いていると、丸くて細やかで、しかも非常に速やかである。菫ほどな小さい人が、黄金の槌で瑪瑙の碁石でもつづけ様に敲いているような気がする。」
②広辞苑』第二版 1638P
・「 な 〔助詞〕」の項
格助詞(ノの転用)
体言と体言とを接続して連体修飾をあらわす。
[結論]
漱石自身は格助詞「 の ]のつもりで作っている。
〔菫程な〕の「 な ]は格助詞(の)の転用としか考えられない。
意味:菫ほどの小さい人に生まれたい
これまでに【菫程な】の「 な ]についての言説
名句鑑賞17 夏目漱石 | 林誠司 俳句オデッセイBlog
「菫程な」の「な」は軽い詠嘆をあらわす助詞。
「生まれたい」というより「生まれたいものだなあ……」というニュアンス。
名歌鑑賞Blog
注・・な=意志希望を表す。・・したい、・・のような。
『日本国語大辞典』(小学館)未調査
「なり」の連体形「なる」の語尾が脱落したもので、中世から近世にかけて、終止法にも連体法にも用いられた。現代語では、「だ」の活用の中で位置づけられ、終止法には用いない。
【注意】口語の断定の「 な 」と混同しないこと。
たとえば「きれいな人」という口語の形容動詞の「 な 」については、
①「きれいだ」は形容動詞で、口語(文語ではない)である。
②口語の形容動詞の連体形は「 な 」となる。
未然形:きれいだろう 連用形:きれいだった、きれいでない、きれいになる 終止形:きれいだ 連体形:きれいなとき 仮定形:きれいならば 命令形:-なし-
※ 画像:漱石の自筆句の句碑(京陵中学校の南側の道)
句碑:[ すみれ程の小さき人に生まれたし ]
熊本に赴任した漱石が現在の池田(上熊本)駅で降りて、この前の道を通って黒髪の知人宅へ向かったことから句碑が立っている。