善悪は一つ ・ 今昔物語 ( 5 - 3 )
今は昔、
天竺に一つの国があった。その国の国王は、世に並ぶものとてなぃ宝、暗夜に光を放つ玉をお持ちになっていた。宝蔵に納め置いていらっしゃったが、盗人が入り、どのように計らったものか、その玉を盗み出してしまった。
国王はお嘆きになって、「もしかすると、あの者が盗んだのではないか」と疑わしく思われたので、まともに詰問しても白状するはずがないので、ここは白状させるために計略を立てられて、高楼を七宝(様々な宝物といった意。)で飾り立て、珠玉で飾った幡を懸け、錦の織物を地に敷くなど、この上なく豪華に飾り、見目麗しい女たちに美しい立派な衣服などを着せ、髪飾りをつけてその身を飾り、琴や琵琶などの美しい音楽を奏で、いろいろな遊興を集めて、この玉を盗んだらしい男を召して、きつく酔う酒を存分に飲ませたので、その男は泥酔して死んだかのように酔いつぶれた。
その後、その男を密かに担いで、かの飾り立てた高楼の上に連れて行って寝かせた。そして、その男にも美しく立派な衣服などを着せ、髪飾りや胸飾りなどを懸けさせて寝かせた。そのようにしても、すっかり酔ってしまっていて、何も気づかない。
酔いからようやく醒めて起き上って見てみると、この世のものとは思われないほど、美しく立派に飾られた場所であった。見回すと、四角には、栴檀・沈水などの香が炊かれている。その香りは想像を絶するほどすばらしく、芳しいこと限りなかった。珠玉で飾られた幡を懸け、錦の織物を天井に張り、地に敷かれている。宝玉のように美しい女たちが、髪を美しく結い上げて、玉のように美しい装束で居並んでいて、琴や琵琶などを奏でている。
それを見て、その男は「自分はいったいどういう所に来てしまったのか」と思って、すぐそばの女に、「ここはどこなのか」と尋ねた。
女は、「ここは天上です」と答えた。男は「どうして、私が天上に生まれることが出来たのか」と言った。女は「あなたは、嘘を言わないので、天上に生まれたのです」と答えた。
このように企んだわけは、「あなたは盗みをしたのか」と尋ねるためである。「虚言(ソラゴト)せざる者、天上に生まれる」と言い聞かせておけば、そのまま受け取って、「虚言はしない」と思い定め、「盗み」といえば「そう、その国の王の宝である玉を盗んだのか」と訊ねれば、「盗みました」と言い、「それをどこに置いているのか」と訊ねれば、「然々の所に置いています」と言えば、その時に、その有る所を確かに聞いて、人を使わせて見つけ出そうという謀(ハカリゴト)であった。
さて、女が「虚言せぬ人が生まれる天上です」というのを聞いて、玉の盗人はうなずいた。
女が「盗みをしましたか」と言った。盗人はその返答はしないで、そこに居並んでいる女の顔を一人一人じっと見つめ渡した。全ての女を見つめ渡ると、首を引っ込めて何も言わない。何度も同じ質問をするも、全く返答しない。
女は訊ねあぐんで、「このように返答しない人は、この天上には生まれません」と言って追い下ろしてしまった。
国王は企みがうまくいかず、思いつかれたことは、「この盗人を大臣にしょう。自分と心が通い合うようになってから、企みを試してみよう」と思われて、大臣に就任させた。
その後は、些細な事も、事の大小に関わらず、すべてその大臣に相談なさった。たいそう睦まじい間柄になり、互いにつゆほどの隠し事もしなくなった。
その後に、国王は大臣に仰せられた。「私には心の中で思い続けていることがある。実は、先年、並ぶものとてない宝と思っていた玉を盗まれてしまった。それを取り返そうと思っているが、その手段がない。それを盗んだ人を見つけ出して、玉を返してくれれば、この国の半分を分かち与えようと思うので、その旨の宣旨を出すように」と仰せられたので、大臣は、「自分が玉を盗んだのは、自分の暮らしのためである。ところが、国半分を分けて領地にすることが出来るのであれば、玉を秘蔵していても役に立たない。この機会に申し出て、半国を領地にしよう」と思い至って、静かに座ったままで近寄って、国王に申し上げた。「私こそがその玉を盗んで持っています。国半分を与えてくださるなら、その玉を奉りましょう」と。
すると、国王は大変喜んで、半国を与えるとの宣旨を与えられた。大臣は、玉を持ってきて国王に奉った。
国王は、「この玉を得たことは、この上ない喜びである。長年思い続けていた願いが今叶った。大臣は半国を長く統治するがよい。それにしても、先年、天の高楼を造って昇らせた時、何も言わずに首を引っ込んでいたのは、どういうことなのだ」と訊ねた。
大臣は、「先年、盗みを働くために僧房に入りましたが、比丘(ビク・僧)が経を読んでおられて寝ようとしないので、寝るのを待つために壁に張り付いて立ち聞きしていますと、比丘の経の中に、『天人は目をまじろがず、人間は目をまじろぐ』と読み奉っているのを聞きましたので、天人は目をまじろがないことを知りました。あの高楼の上に居並んでいた女は、皆がまじろぎをしておりましたので、天人ではないと思って、何も申し上げなかったのです。盗みを働くことがなかったならば、あの時の企みに乗せられて、ひどい目に遭ったことでしょう。今日、大臣となり、半国の王になることはなかったでしょう。これ、ひとえに盗みの徳でございます」と言ったのです。
これは、経が教えることであると、僧は語った。(本話が、僧が語ったことから生まれたということらしい。)
されば、悪しき事と善き事とは、差別される事ではない。(善と言い悪と言っても、所詮は凡夫の目から見た実体のない仮象で、事物の真相を空とする立場からは、善も悪も不二一体とする、仏教的思想からきている。)智(サト)りなき者は、善悪は異なるものと考えている。
彼の央崛魔羅(オウクツマラ・切り取った指を連ねて首飾りにしたとされる。)は仏の御指を切らなければ、たちまちに仏道を極めることは出来なかった。阿闍世王(アジャセオウ・釈迦と同世代のマガダ国王。)は、父を殺さなければ、どうして生死の煩悩から逃れることが出来ようか。盗人は玉を盗まなければ、大臣の位に昇ることがあっただろうか。
これを以て、善悪は一つであると知るべし、
となむ語り伝へたるとや。
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