雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

一生懸命頑張ります ・ 小さな小さな物語 ( 1813 )

2024-10-09 08:00:26 | 小さな小さな物語 第三十一部

国会は、首相の所信表明に対する各党代表からの質問も終り、いよいよ今日は、党首会談を経て、衆議院は解散となります。
まだ、首相に就任していない段階での石破氏の解散表明には驚きましたが、まさかここにきて、今日の日程がブレるようなことはないでしょうから、本日夕方からは、衆議院議員を中心とした周辺は、選挙一色になるのでしょう。
今国会は、短いとはいえ、それなりに重要な意味合いがあったのでしょうが、何せ、解散日が決まっているのですから、討議と言っても解散を意識した物ばかりに近かったのではないでしょうか。
当地でも、すでに、「お願いします」「一生懸命頑張ります」と言った声を聞いています。

ところで、この「一生懸命」という言葉は、「一所懸命」から転じたもののようですが、現在では、ほぼ同じ意味として使われています。
もともとは、中世の武士が先祖伝来の領地を命を懸けて守る、といった意味で「一所懸命」という言葉が生れたようです。この言葉には、「切羽詰まった状態」「大切な物を守る」といった意味もあったようで、時代とともに最後の意味が中心となり、いつの間にか「一生懸命」が現れたようです。
今日では、むしろ「一生懸命」の方が主流のようですが、いや、それはおかしい、「一所懸命」が正しいとおっしゃる方もおりましたが、どちらを使っても良いのではないでしょうか。但し、読みは「イッショケンメイ」と「イッショウケンメイ」と、違っています。

それにしても、「一生懸命」という言葉も、考えてみますと、実に大げさな気がします。人が一生命を懸けて守るなどというものは、そうそうないと思うのですが、その割にはよく耳にします。
大げさと言えば、「大げさ」という言葉も実に大げさです。漢字で書けば「大袈裟」となります。
その語源ははっきりしませんが、いくつかの説はあるようで、その一つは、「大それた」とか「大胆な」といった意味を持つ「大気さ」が転じたものだと言うものです。もう一つは、臨済宗の開祖である栄西師(1141 - 1215 )が、大きな袈裟を着て大きな話をしたことから生れたというものです。こちらの方がおもしろいのですが、「大袈裟」という言葉が現れたのは江戸時代頃らしいので、時代が合わなくなります。

余談が過ぎましたが、私たちの日常生活の中でも、「一生懸命頑張ります」という言葉に出会うことはたくさんあります。
「命を懸けるほどのものがそれほどあるのか」と言う気もしないでもありませんが、人間は、第三者から見れば理解できないような物や事象に命を懸けることができる動物のようですから、一生懸命という言葉は、頑張るという言葉の形容詞か枕詞程度に受け取るべきかもしれません。
「大げさ」という言葉や状況に出会うことも少なくありません。多くは、笑い飛ばして済んだり、少将不愉快なのを辛抱するだけで済むのですが、時には、深刻な詐欺事件に巻き込まれる可能性もあり、注意が必要です。
この二つの言葉の手本というわけではないでしょうが、やがて始まる衆議院選挙では、様々な形で見ることが出来ます。しっかりとその実体を見定めて、賢い一票を投じたいものですねぇ。


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