雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

敦成親王家の誕生 ・ 望月の宴 ( 115 )

2024-07-18 08:14:14 | 望月の宴 ③

     『 敦成親王家の誕生 ・ 望月の宴 ( 115 ) 』


さて、殿(道長)は若宮(敦成親王、のちの後一条天皇)をお抱き申し上げられて、帝(一条天皇)の御前にお連れ申し上げる。若宮の御声は、まことに若々しく愛らしい。
弁の宰相の君が御剣(ミハカシ)を持って参上なさる。母屋(モヤ・寝殿造りの中央の間。)の中隔ての戸の西に、殿の上(道長の妻倫子)がいらっしゃるが、そこへ若宮をお連れ申し上げる。

帝が若宮を御覧におなりになる御心地はどのようなものか、ご推察いただきたい。
これにつけても、「一の御子(敦康親王。一条天皇の第一皇子で、母は定子中宮。)がお生まれになった時、すぐにも御対面なさらず様子もお聞きになられなかったことだ。やはり、仕方のないことだ。こういうお血筋には、頼りになる外戚の人がいてこそ、張り合いがあるというものだろう。貴い国王の位といえども、後見となって引き立てる人がいなければ、どうすることも出来ないのだ」とお思いになり、第一御子とこの若宮の行く末までのことなどを考えざるを得ず、人知れず第一御子をふびんにお思いになられるのであった。

帝は、中宮(彰子)と御物語などして、たいそうくつろいでおいでになるうちに、すっかり夜になってしまったので、万歳楽、太平楽、賀殿などの舞があり、様々に奏でられる楽の音色がすばらしく、笛の音も鼓の音も興趣たっぷりに聞こえてくる上に、松風が爽やかな音を立てて吹いていて、池の波までが声を合わせている。
「万歳楽の声と一緒になっています」と、若宮のお声を聞いて、右大臣(藤原顕光。道長とは従兄弟の関係。)がちやほやなさる。左衛門督(藤原公任)、右衛門督(藤原斉信)が万歳千秋などを声を合わせて吟じられる。
主人の大殿(道長)は、「これまでの行幸を、どうしてすばらしいと思ったのだろう。今回のこれほどすばらしいことがあるというのに」と仰せられて、感激に泣きそうになられるのを、もっともなことだと、殿方たちは同じ思いで御目を拭っておられる。

こうして、殿は奥にお入りになり、帝がお出ましになられて、右大臣を御前にお召しになったので、右大臣は筆をとって加階の名簿をお書きになる。
宮司(ミヤヅカサ・中宮職の官人)、殿の家司(ケイシ・道長家の家司。子息たち、彰子の母倫子も従一位になった。)、然るべき者すべてが昇進した。頭弁(源道方)に命じて、この加階のことを中宮に申し上げられたようである。
新しい御子の御喜び(この日、若宮に親王宣下があった。)に、藤原氏の上達部が連れ立って拝礼申し上げる。同じ藤原氏であっても、門流が別の人々は、拝礼の列にはお立ちにならない。
次に、別当(新しく出来る敦成親王家の家政組織の長。)におなりになった中宮大夫兼右衛門督(藤原斉信)、権大夫兼中納言(源俊賢)、権亮侍従宰相(藤原実成)などが加階なさって、御礼の舞をなさる。
帝が中宮の御部屋にお入りになって間もないうちに、「夜もたいそう更けた」「御輿を寄せます」などと、人々が大声を出しているので、殿も帝のお見送りのために部屋から出ていらっしゃる。

翌朝、帝の御使者が、朝霧も晴れないうちに参上した。若宮を恋しくお思いのゆえのことだろうと推察される。
その日に、若宮の御髪(ミグシ)を初めて削ぎ奉る。特別に行幸の後にということで遅くなったのであろう。(新生児の髪を削ぐのは、ふつうは七日目頃であるが、髪がある方が可愛らしく見えるので、ひと月も遅らせたらしい。)
そして、その日には、若宮付の家司として、おもと人、別当、職事(シキジ・蔵人などか?)などお決めになる。ここ数日の御部屋の調度などが乱れがちで、普通の状態ではなくなっているのを、元通りに改め、きらびやかに飾り立てられる。
殿の上(倫子)は、長い間心待ちになさっていた皇子誕生が実現なさったので、何よりも嬉しく、明け暮れに参上して若宮を見奉っていらっしゃるのも、まことに満ち足りた御有様である。

     ☆   ☆   ☆


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2 コメント

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コメントありがとうございました (雅工房 )
2024-07-18 20:13:44
jikan314さま
大変なコメントをいただき恐縮です。
本格的な勉強は全くしておらず、興味本位中心ですが歴史が大好きです。
本稿は、『栄花物語』に私見を紛れ込ませたような物を目指してスタートしたのですが、全く偶然ですが、「光る君へ」と時代背景がぶつかってしまいましたので、下手な私見はまずいと思い、『栄花物語』を忠実に紹介していくことにしました。
「光る君へ」は、大胆なストーリーと豪華な衣装を楽しんでいます。このあと、大弐三位をどのように描くのか楽しみです。
今後ともよろしくお願いいたします。
返信する
Unknown (jikan314)
2024-07-18 18:08:21
私と、雅工房樣以外、拙blogを楽しめる者は、いないと思っています。
問ひかけてこたえる夏のさ乱れ髪
返信する

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