『 異郷に迷い込んだ修行僧 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 31 - 14 ) 』
今は昔、
仏道を修行している僧が三人連れだって、四国の僻地、つまり、伊予・讃岐・阿波・土佐の海辺のことだが、その僧たちはそうした所を廻っていたが、思いがけず山に踏み入ってしまった。深い山中に迷い込んでしまったので、何とかして浜辺に出たいと願っていた。
しかし、とうとう人跡も絶えた深い谷に入り込んでしまったので、いよいよ嘆き悲しみ、茨やからたちを分けながら歩いているうちに、一つの平地に出た。
見ると、垣などを廻らして囲っている所がある。
「ここは人の住処に違いない」と思うと、嬉しくなって、垣の中に入ってみると、家が何軒もある。
たとえ鬼の栖(スミカ)であっても、今となっては仕方がない。道が分からなくなっていて、どう行けばよいか考えもつかないので、その家に近寄って、「ごめん下さい」と声を掛けると、家の中から、「どなたかな」と返事があった。
「修行中の者ですが、道に迷って来てしまいました。どう行けば良いのか、教えて下さい」と言うと、「しばらくお待ちを」と言って、中から出てきた人を見ると、年の頃六十余りの僧で、その姿は大変恐ろしげである。
その僧が呼び寄せるので、「たとえ、鬼であれ、神であれ、どうすることも出来ない」と思って、三人の僧は板敷きの縁に上がって座ると、その僧は、「あなた方は、お疲れなのでしょう」と言って、間もなくきれいに調えられた食膳を運んできた。
「どうやら、この僧は普通の人間なのだろう」とたいそう嬉しく思い、出された食事を食べ終わって休んでいると、家主の僧が突然大変恐ろしげな顔つきになって人を呼んだので、「怖ろしい」と思っていると、呼ばれてやって来た者を見ると、怪しげな法師である。家主の僧が「例の物を持ってこい」と言うと、法師は、馬の手綱と鞭を持ってきた。
家主の僧が「いつものようにせよ」と命じると、修行者の一人を捉まえて板敷きから引きずり落とした。
あとの二人は、「いったいどうしようとしているのか」と思っていると、庭に引き落とした修行者を、持ってきた鞭で背中を打った。確かに五十度打った。修行者は大声を挙げて、「助けてくれ」と叫んだが、あとの二人には、助けることなど出来ない。
続いて法師は、修行者の衣を引き剥がして、直接肌にさらに五十度打った。百度打たれて、修行僧がうつ伏せに倒れると、家主の僧は、「よし、引き起こせ」と命じたので、法師は修行僧を引き起こしたが、それを見ると、たちまち馬となって、胴震いして立ち上がったので、法師は手綱を付けて引き立てた。
あとの二人の修行者は、この有様を見て、「これはいったいどういうことだ。ここは人間世界ではない所だ。我等もこうされるに違いない」と思うと悲しくなり、呆然としていると、また一人の修行者を板敷きより引きずり落として、前と同じように鞭で打ち、打ち終わって引き起こすと、その者も馬になって立っていた。すると、二匹の馬に手綱を付けて引いていった。
もう一人の修行者は、「自分も引きずり落とされて、彼らのように打たれるのだろう」と思うと悲しくて、日ごろ頼み奉っている本尊に、「私をお助け下さい」と、心の中で一心に念じた。
その時、家主の僧は、「その修行者はしばらくそのままにしておけ」と法師に命じ、修行者に「そこにいろ」と言ったので、そのまま座っているうちに、やがて日も暮れた。
修行者は、「私は、馬にされるよりも、何とか逃げだそう。追いかけられて捕らえられて殺されるとしても、どうせ命を棄てることになるのは同じことだ」と思ったが、迷い込んだ知らない山の中なので、どちらに逃げれば良いのかも分からない。あるいは、「身を投げて死のう」などと様々に思い悩んでいるうちに、家主の僧が修行者を呼んだ。
「ここにおります」と答えると、「あの後ろの方にある田に、水があるかどうか見てこい」と言いつけるので、恐る恐る行って見ると、水があるので、返って「水はありました」と答えたが、「これも、私をどうにかするために言ったのではないか」と思うと、生きた心地もしなかった。
やがて、人が皆寝静まった頃に、修業者は「何が何でも逃げよう」と強く決心して、笈(オイ)も棄てて、只身一つで走り出て、足の向いた方に走り続け、「五、六町(一町は約 110m )は来ただろう」と思った時、また一軒の家があった。
「ここも、どんな所か分からない」と恐ろしく思って、走り過ぎようとすると、家の前に女が一人立っていて、「そこを行く人は、どなたですか」と訊ねるので、修業者は恐る恐る、「これこれの者ですが、これこれの次第で、『身を投げて死のう』と思って逃げてきたのです。どうぞ、お助け下さい」と言うと、女は「なんとまあ、そういう事もありましょう。お気の毒なことです。まず、こちらにお入りなさい」と言うので、家に入った。
( 以下 (2) に続く )
☆ ☆ ☆
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます