雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

仏道広がる ・ 今昔物語 ( 4 - 12 )

2020-02-08 13:07:31 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          仏道広がる ・ 今昔物語 ( 4 - 12 )

今は昔、
天竺に一つの小国があった。その国は、昔からの神(仏教から見ての異教神)のみを信じて、仏法を信仰していなかった。
ある時、その国の王に一人の皇子がいたが、他には子供がいなかった。そのため、国王はこの皇子を宝玉のように大切にしていた。
ところが、この太子が十歳になった頃、重い病にかかった。医薬による治療を施すも治癒することはなく、陰陽道をもって祈祷するも験(シルシ)がなかった。このため、父である国王は、昼夜嘆き悲しんで年月を過ごしたが、いよいよ太子の病は重くなり、治癒することがなかった。

国王は、この状況を思い悩んでいた。そこで、この国に古くから崇められ祭られている神があったので、国王はそこに詣でて、自ら祈請した。諸々の財宝を運び込んで山と成し、馬・牛・羊などを谷に満ちるほどいけにえとして供えて、「太子の病を癒し給え」と誓願した。
宮司・巫(カンナギ・巫女。本話では男の巫を指している。)は、供え物をほしいままに取り、たっぷりと私腹を肥やした。国王の祈請に対して、これという手立てもないままに、一人の神主が、御神が乗り移った様子で、「御子の御病は、国王がご帰還なされるとともに平癒なさるでしょう。国を平安に治められ、民を安らかに、世を平安に、天下・国内共に喜びましょう」と告げた。
国王はこれを聞いて、喜ぶこと限りなかった。感動のあまり、佩いていた太刀を外して神主に与え、さらに多くの財宝を与えられた。

このようにして誓願が終わり、宮殿に帰還される途中で、一人の比丘にお会いになった。国王は比丘を見て、「彼は何者か。姿は普通の人と違い、衣も普通の人と違っている」と尋ねられた。付き従っている一人が、「彼は沙門(シャモン・ここでは仏教の修行者)と申します。仏(釈迦)の御弟子です。頭を剃っているのです」とお答えした。
国王は、「されば、あの人はきっと物知りなのであろう」と申されて、輿を止めて、「あの沙門を、ここへお呼びせよ」と申された。お召しにより、沙門はやって来て輿の前に立った。
国王は沙門に、「私には一人の太子がいる。ここ数か月病にかかり、医薬の力も及ばず、祈りの験もない。この先の生死のほどさえ分からない。この事をどう思うか」と尋ねられた。沙門は、「御子は、きっとお亡くなりになります。お助けするには、私の力では及びません。それは、国王の御霊の為せることだからです。宮殿にご帰還されるのを待たずして、御子はお亡くなりになるでしょう」とお答えした。

国王は、「二人の言うことは全く違う。誰が言うことが真なのか」と分からなくなった。「神主は、『病は癒える。寿命は百歳を超える』と言ったものを、この沙門はこのように言う。どちらを信じればよいのか」と仰せられると、沙門は、「一時の御心を慰め奉るために勝手なことを言ったものです。世俗の無分別な人が言うようなことを、どうして拘って迷ったりするのですか」と断言した。

国王は宮殿に帰還するや急いでお尋ねになると、「昨日、太子はすでにお亡くなりになりました」と申し上げると、国王は、「決してこの事を人に知らせてはならない」と仰せになり、神懸かりした神主を召し出すよう使者を遣わした。
二日ばかりして神主は到着した。国王は、「我が皇子の病は、いまだ平癒しない。どうなっているのか、不審に思って召し出したのだ」と言った。神主は、また神懸かりして言った。「何ゆえ我を疑うのか。『一切衆生(イッサイシュジョウ・生きとし生けるものすべて。)をいたわり哀れんで、願主の願いに背くことはない』と誓うことは父母のごとくである。いわんや、国王が熱心に願われることをおろそかにすることはない。我(神主に乗り移っている神。)は虚言はなさない。もし虚言を申せば、我をあがめることはなく、我が乗り移っている神主を敬う必要もない」と。
このように口に任せて言い放った。

国王は、よくよく聞いた後、神主を捕らえて仰せられた。「お前たちは、長年人を欺き、世を謀って、人の財宝を勝手気ままに取り、偽物の神を乗り移させて、国王から民衆まで心を惑わせて、人の物をだまし取ってきた。これは大盗人である。速やかにその首を切り、命を断つべきだ」と。そして、目の前で神主の首を切らせた。さらに、軍兵を遣わして、その神の社を壊し、( 欠字あり。河の名前が入るが不詳。)河という大河に流した。その宮司の上から下まで多くの人の首を切り捨てた。長年人々からだまし取ってきた千万の貯えは全部没収した。

その後、あの沙門を招くようにとの仰せがあり、沙門は参内した。国王は自ら出向いて、宮殿内に招き入れ、一段高い座に座らせて礼拝した。そして、「私は長年あの神主共にたぶらかされて、仏法を知らず、比丘を敬うことがなかった。されば、今日から先は、愚かな言葉を信じまい」と仰せられた。
比丘は、国王のために法を説いて聞かせた。国王をはじめ、これを聞いて尊び礼拝すること限りなかった。すぐさま、その地に寺を造り、この比丘を住まわせた。さらに、多くの比丘を呼び寄せて、常に飲食を提供し仏事を行った。

ただ、その寺に不思議なことが一つあった。
仏像の上に天蓋があり、宝玉で美しく飾られていた。その天井に懸かっているとても大きな天蓋は、人が寺に入って仏像の周りを廻ると、人に従って天蓋も回った。人が廻るのを止めると、天蓋も止まった。その事は、今に至るも世の人々には理由が分からない。
「仏の御不思議の力であろうか、あるいは、工匠の優れた仕掛けの為せるものなのか」と人々は言い合った。
そして、その国王の時から、その国に巫(カンナギ・神懸かりして神託を伝えることを職業とする者全体を指しているようだ。)は絶えてしまった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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