雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

法華経を聞いた犬 ・ 今昔物語 ( 14 - 16 )

2020-02-29 13:30:14 | 今昔物語拾い読み ・ その4

          法華経を聞いた犬 ・ 今昔物語 ( 14 - 16 )

今は昔、
美作の国に蓮尊(レンソン・伝不詳)という僧がいた。もとは元興寺(ガンコウジ・奈良にあった大寺。)の僧である。ところが、本寺を去って、生国に下って住んでいた。
幼くして師僧について法華経を習い読誦していたが、そらで覚えて誦したいという志が生まれ、長年誦しているうちに二十七品までは覚えることが出来た。ところが、普賢品(フゲンボン・法華経の最終品。)を覚えることが出来なかった。
そこで、心を尽くして普賢品の一句一句を数万べん誦して覚えようとしたが、どうしても覚えることが出来ない。それでもなお、一夏九旬の間(夏の九十日。夏安居の修業期間。)、普賢菩薩の御前で難行苦行して、覚えさせてくれるよう祈った。

一夏ももはや過ぎようとする頃、蓮尊の夢の中に天童(童子姿の天人。護法童子とも。)が現れて、蓮尊に告げた。
「我は普賢菩薩の御使いである。お前の前世の因縁を知らせるためにやって来た。お前は、前世においては犬の身であった。お前の母犬は、お前と一緒にある人の板敷の部屋の床下に住んでいた。板敷の部屋では、法華経の信奉者が法華経を読誦していた。序品よりはじめて、妙荘厳王品(ミョウショウゴンオウボン・法華経の第二十七品。)に至るまでの二十七品を誦するのを犬は聞いていたが、普賢品のところで母犬は立ち去ろうとした。お前も母犬について一緒に立ち去ったのである。そのため、普賢品を聞かなかったのだ。
お前は、前世において法華経をお聞きしたことによって、犬の身から転じて、今生では人間として生まれ、僧となって法華経を読誦している。ただ、普賢品を聞かなかったので、その品をそらで覚えることが出来ないのである。しかし、今熱心に普賢品を念じ奉っているので、必ずそらで覚えられるようにしてやろう。もっぱら法華経を信奉して、来世において諸仏にお会いして、この経の真意を悟ることが出来るだろう」と。そう告げると天童は姿を消したが、そこで蓮尊は夢から覚めた。

その後、蓮尊は前世の因縁を知って、たちまちのうちに普賢品をそらで覚えることが出来て、大変喜んだ。
これによって、いよいよ信仰心を起こし、涙ながらに礼拝し法華経を誦することを怠ることがなかった、
となむ語り伝へたるとや。

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