ことば咀嚼日記

日々読んだ活字を自分の頭でムシャクシャ、時にはゴックン、時には、サクサク咀嚼する日記

サッチャーさん

2012-03-19 | 日記
『鉄の女マーガレット・サッチャー』を英語の勉強になるかと思い、見に行きました。
たしかに英語の勉強になりましたとも。でもサッチャーさんは、あんな奥歯に物がはさまったような感じの英語だったかな?
メリル・ストリープの迫真の演技力の一環で、サッチャー英語をデフォルメしたせいか、実際よりゴツゴツしたしゃべり方でしたが、とても聞き取りやすく、また人の上にたつ政治家の言葉はどこの国でも、どんな国民にもわかるように、語彙を選んでゆっくりしゃべる傾向があるので、英語の勉強になったかといえばなりましたが、ならなかったといえばならなかったといった感じです。

映画の中で、サッチャーさんが
  
   We never give in ! We never give in ! 

といろいろな場面で叫ぶところがあります。フォークランド戦争の時だったか、人頭税の時だったか、とにかく反対勢力に対して「負けへんで!」と勇ましく宣言するところで、何回かハッと目が覚めました。
また、認知症を患ってから、ちょっと意識が混濁しているような時に、演説調で「私たちは、考えるという事が大切です。どう感じるか、ということに重きを置く風潮が強いですが、どう考えるか、それが大切なのです」という言葉が印象的でした。
また今の政治家に対するコメントとして、「何をなすか、ということよりも何になりたいか(日本語訳では「力を持ちたい」となっていましたが)、ばかり考える人が多すぎます」という発言も印象に残りました。

男性的です。

でもサッチャーさんはただただ有名な政治家になりたいという野心だけの人ではなかったのですね。ひとつの理念「負けへんで!」というガッツでアグレッシブな肉食系女性の典型的な理念で突き進んでいった人のようです。
底には厳しい父親の影響を受けた食料品店の娘、母親はほとんど存在感なし、といった少女時代の様子がチラッと出てきます。
ま、ファザコンだと思いました。
ともあれ、母親より父親の影響を強烈に受けた人で、だからこそ、自分が母親になったときに、母親というより、父親のように振舞うことしか出来なかったという場面も出てきます。
オックスフォードで化学を専攻した理系の人だということもはじめて知りました。

娘が免許取立ての時にサッチャーさんも一緒に車の助手席に乗って、娘の運転練習に付き合い、かなり強引な運転指導をして、娘もうまく乗り切って二人で楽しそうにしていると思えば、
結局そのとき、サッチャーさんが頭の中で考えていたことは、時期首相に立候補するということだったりして、普通の母親離れした一面も出てきます。

自分の母親はサッチャーさんとは雲泥の差ですが、何となく勇ましいところとか、決断が早いところとか、考え方が理系のところとかが似ていると思いました。しかし、このような母を持った娘は、だいたい正反対の性格を持つようです。

わたくしは女らしい文系少女ですから。

そういうこともあって、個人的には、サッチャーさんを描いたこの映画に、ある種の親密感と一抹の淋しさを覚えました。