MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1877 ワクチン敗戦とメディアの責任

2021年06月13日 | 科学技術


 メディアなどでも活躍するホリエモンこと実業家の堀江貴文氏が6月10日の自身のツイッターで、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種に対する朝日新聞の報道姿勢を批判しています。
 堀江氏のやり玉に上がったのは、6月9日の朝日新聞に掲載された「積極的勧奨控え8年 HPVワクチン効果、国内外で報告」と題する記事。子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を防ぐワクチンが使われ始めて10年ほどたち、実際の効果が国内外で報告され始めているという内容を伝えるものです。

 記事では、国内では厚生労働省が接種の積極的な勧奨を控えて6月で8年になり、接種率の低下から日本の若年女性の感染リスクが増大していると指摘しています。そしてそこからは、ワクチン接種を巡る厚労省の誤った対応のために女性たちが命の危険に晒されているという、批判の意図が明確に読み取れるところです。

 堀江氏はこの記事に対し、「朝日新聞、反省文を掲載しなさい」とツイートしています。そもそも、子宮頸がんの予防に効果があるとされたHPVワクチンの接種を、厚生労働省は積極的に推奨していました。しかし、接種後、一部の接種者たちに生じた運動障害の事例が報告されると、それを問題視した朝日新聞を始めとした大手メディアが反ワクチンキャンペーンを張ったことで、国民のワクチンへの信頼が急落。世論を受けて厚労省が接種の推奨を控えたこともあり、現在の日本の接種率は0.3%程度にまで落ち込んでいます。

 私も初めてこの記事を読んだときには、朝日の姿勢に目を疑う部分がありました。ワクチン接種後に身体に変化が生じ「光に過敏になり外へ出られない」「突然失神する」などの症状を訴える少女たちを露出させ、ワクチン薬害の可能性が高いと厚労省を追求した彼らが、今更(何事もなかったかのように)接種の遅れを批判するのは確かに筋が通る話ではありません。
 HPVワクチンに関しては、欧米などでは70~80%と高い接種率で発症を抑えつつある一方で、ほとんど接種が進んでいない日本では、現在でも年間で2000人近くの女性が子宮頸がんで亡くなっています。こうした状況に対する社会的な責任を、メディアはきちんと感じているのでしょうか。

 そして、ワクチンと言えば、現在焦点となっているのは(言わずもがなの)新型コロナウイルスワクチンの接種の問題です。ここでも海外の先進諸国から大きく後れを取っている日本の状況に関し、5月31日の『週刊プレイボーイ』誌に、作家の橘玲氏が「日本のコロナワクチン敗戦の背景にあるメディアの暴力とは?」と題する興味深い一文を掲載しています。

 5月になってようやく日本でも一般のワクチン接種が始まったものの、予約システムの不具合や、国と地方の連携不足などのトラブルが頻発している。ワクチン開発の目途が立ってから半年以上たつのに一体何をやっていたのかと批判されても仕方ないと、氏はこの論考に綴っています。
 とは言うものの、日本のこうした「ワクチン敗戦」にはさらに深刻な要因があるというのが氏の指摘するところです。

 ワクチンの承認にあたって、厚労省は日本国内での臨床試験にこだわった。もちろん、ワクチンには副反応のリスクがあるので、日本人を被験者とした治験を実施したほうがよいのは当然だと氏は言います。
 問題は、アメリカに比べて日本の感染者が圧倒的に少ないため、治験の被験者が集まらなかったこと。日本人のリスクを知るためには数十万人単位の治験が必要にもかかわらず、結果として行なわれたのはわずか160人で、これでは医学的にはなんの意味もなかったということです。

 しかし、こうして厚労省が「無意味」とわかっている治験にこだわったのには、日本独特の理由があるというのが氏の認識です。
 子宮頸がんワクチンに対しては、医学的な根拠がないにもかかわらず、新聞・テレビなどの大手メディアがこぞって健康被害を報じ、恐れをなした厚労省は「勧奨接種」から外してしまった。こんなことをしている国は世界に日本しかなく、WHO(世界保健機関)から繰り返し批判されているが、それでも撤回できないほど「メディアの暴力」は恐ろしいと橘氏は説明しています。

 日本では1970年代からワクチン禍訴訟が相次ぎ、1992年の東京高裁判決をきっかけに予防接種法が大幅改正されて、これまで「義務接種」だった予防接種が「勧奨接種」になった。その結果、ワクチン接種は実質任意とされ、国民に納得して接種してもらうには、厚労省は「絶対安全」を証明しなくてはならなくなったということです。
 こうした歴史的経緯(トラウマ)によって、新型コロナでも、厚労省は日本国内での治験にこだわらざるを得なかった。本来、そこで必要だったのは「政治的決断」だったというのが氏の見解です。

 ワクチン接種で先行したアメリカやイギリスでは、行動制限が大幅に緩和されことで消費が活発になり、楽観的な気分が広がっていると氏は言います。それに比べて日本では、ワクチン接種が進まない中、緊急事態宣言で飲食店などに大きな負担をかけ、不人気のオリンピックが近づいているということです。

 この「三重苦」で、現在、菅政権の支持率は大きく下がっているが、昨年12月にワクチンを承認していれば、日本でも2カ月は早く一般のワクチン接種が始められたに違いないと氏はしています。そうなれば社会の雰囲気もずいぶん異なっていたはずで、「間違った決断をしたこと」に加えて、「決断できなかったこと」が日本の「ワクチン敗戦」につながったということです。
 ちなみに、この「政府の失敗」を野党が追及しないのは、20年の改正予防接種法付帯決議で、コロナワクチンの承認審査を「慎重に行うこと」と求めたから。また、大手メディアが追求しないのは、過去の「非科学的」なワクチン報道を検証されることを警戒しているからだと氏は話しています。

 さて、結局のところワクチン接種が遅れれば、それによって不利益を被るのは大多数の国民であり、子宮頸がんのリスクを抱えることになった少女たちです。政府を追及する姿勢に酔って犯した自らの間違いと責任の大きさに、メディアはもっと自覚的になるべきだと私も改めて感じた次第です。


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