MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1153 売買春が違法な理由

2018年09月01日 | 社会・経済


 今年8月、ジャカルタで開催されたアジア大会のバスケットボール男子日本代表選手4人が、公式ウェアのまま市内の歓楽街を訪れ買春行為に及んだことが発覚した事件。選手たちの代表認定は取り消され、事実上の選手団追放というかたちで帰国させられた姿を各メディアは大きく報じています。

 今回の事件に関し、フリーライターの島沢優子氏は情報サイト「BUSINESS INSIDER JAPAN」への寄稿(「世界のスポーツ界で進む反売買春活動との格差」2018.8.22)において、「ネット上には意外にも『提供したインドネシアが悪い』『選手はある意味被害者』などと売春した側を責めたり、買春した選手を擁護する声もある。」と指摘しています。

 この論評で島沢氏は、特に、中高年よりも10代、20代の若者の方が性の売買に寛容なのは悲しい現実だとしています。

 国立女性教育会館リポジトリが2011年に報告した売買春意識調査によると、男性が性的サービスを買うことを「仕方がない」と考える割合は、10~20代男性で約65%。30%台の60代と比較すると容認派は倍近くとなっている。さらにこの傾向は女性も同様で、60代が20%台後半なのに10~20代は50%と、若い女性の半分が男性の買売春を「仕方ない」と考えているということです。

 本来なら、人権教育が進んできた現代に育った若者のほうが売買春を否定するはずなのに、実情は真逆だというのがこの論考における島沢氏の認識です。

 言われてみれば、確かに現在の10~20代の若者は、「ブルセラ」だとか「援助交際」などの新しい性風俗が話題になったり「出会い系」や「パパ活サイト」などの情報プラットフォームが一般化したりする中で育った世代です。「性」というものへの感覚に関しても、それまでの世代とは(ある意味)「一線を画している」ことは容易に想像できます。

 もしも、島沢氏が指摘するように若い世代ほど売買春に対するハードルが低いとすれば、「人権と性」の問題に関する若者の意識はどこでどのように変化してきているのか?

 8月26日のYahoo newsでは、元東京地検特捜部主任検事の前田恒彦氏が「買売春、なぜ違法なのか」と題する論考において、日本において売買春規制が果たしてきた役割と今後の方向性について触れています。

 売春防止法では「何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない」(3条)、「この法律で『売春』とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう」(2条)と規定され、報酬を介在させて不特定多数と性交することは違法とされています。

 しかしその一方で、売春防止法には買売春そのものに対する罰則規定がないため、単なる買売春だけでは買春した者も売春した者も処罰されないのが日本の決まりです。

 罰則によって規制されているのは、買売春を助長したり業としてそこから利益を得たりすること。代表的な例では、「勧誘」(街頭での売春婦の立ちんぼなど)をすると最高刑は懲役6月、「周旋」(売春婦派遣の仲介・あっせんなど)は最高刑は懲役2年、「契約」(経営者が売春婦との間で客と売春することや取り分を決めるなど)した場合は最高刑で懲役3年に処するとされています。

 さらに「場所提供」(事情を知った上でホテルなど売春の場所を提供)しただけでも最高刑は懲役3年で、これを業としていれば懲役7年、「管理売春」(経営者が管理する売春宿などに売春婦を居住させ、売春業を経営するなど)と認められれば最高刑は懲役10年まで跳ね上がるという仕組みです。

 前田氏によれば、1958年の施行直後は約2万4千人余りにも上っていた売春防止法違反の検挙者数は、2016年ではわずか570件にとどまっているということで、そのうち約36%が勧誘、約28%が周旋で、契約は約23%、場所提供が約10%を占めていたとされています。

 売春防止法にはなぜ買売春そのものに対する罰則規定がなく、買春や売春した者が処罰されないのかについては、1956年に売春防止法が制定され、買売春が違法とされた理由にまでさかのぼる必要があると氏は言います。

 日本には長らく遊郭など政府公認の公娼制度があり、戦前から戦後にかけては「赤線」と呼ばれる地域に限定して、特殊飲食店として警察の営業許可を受けた者には(売春婦が私的に売春を行うという建前の下)半ば買売春が黙認されていたということです。

 一方、1950年の朝鮮戦争を契機として日本では国際連合への加盟に向けた動きが急となり、そのためには人身売買や売春からの搾取、売春宿の経営などを禁じる国連の条約に沿った形で国内法を整備していく必要が生じることとなりました。

 そこで、(紆余曲折の後)1956年の国会に売春防止法案が提出され1958年に全面施行されたというのが、日本で売買春が違法とされるに至った経緯に関する前田氏の認識です。

 法案の国会審議では、売春で生計を立てざるを得ない女性の多くは劣悪な環境に置かれた社会的弱者であり、刑罰で追い詰めるのではなくむしろ国家が手を差し伸べ、保護や更生、職業指導による転職の対象にすべきだとされたと氏は言います。

 そこで、売春防止法では、買売春を違法だと断言する一方で買売春そのものには刑罰を科さず、もっぱら周辺関係者による行為を罰することで間接的に買売春を規制しようとしたということです。

 しかし、時代は進んで現在では、貧困や搾取とは関係なく出会い系サイトなどを介して小遣い稼ぎ的に一般女性が売春に及ぶケースが普通になり、弱者の売春婦を救済しようといった考えはもはや古典的で時代錯誤だという見方もあると、前田氏はここで指摘しています。

 性道徳や善良な性風俗を維持するため買売春そのものに罰則を設けるべきとの意見がある一方で、現実を直視し、買売春を合法化するとともに登録制にし、性病検査などを義務付ける、といった考え方もある。さらには、正当な労働形態として正面から認めることで、売春で日々の糧を得ている売春婦らの人権や安全を守ろうという意見もあって、世界最大の国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」もこれを提唱しているということです。

 とは言え、一国を代表するスポーツ選手が大会の最中に海外の歓楽街で買春をしていたとすれば、それはそれで大変に恥ずかしいことだと言わざるを得ません。

 そう考えれば、東京オリンピックを目前に控え海外からのインバウンドが倍々ゲームで拡大する日本でも、「建前」では適法としつつ実際には違法なサービスまで提供されている一部の性風俗を放置し、黙認することが海外にも胸を張れるやり方なのか。

 宗教観や歴史観、道徳観、人権意識などによって見解が分かれる(アンタッチャブルな)テーマですが、東京五輪に向け政府を挙げて人身取引の防止に向けた取組みを推進する中、そろそろ日本でも国民的な議論を行うべき時期に来ているのではないかとする前田氏の指摘に、私も多くのことを考えさせられました。




最新の画像もっと見る

コメントを投稿