MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2684 足りなければ「取りやすい所」から

2024年12月12日 | 社会・経済

 自営業者などが加入する国民年金の財政状況が悪化し、基礎年金の将来的な給付水準の低下が懸念される中、厚生労働省が11月25日の社会保障審議会の部会において、基礎年金(国民年金)の給付水準を底上げする年金制度の具体的な見直し案を提示しました。

 ところがこの(厚生労働省の)見直し案。巨額の財源確保を必要とするため、政府与党内には(政治的な立場から)慎重論も根強く、現行の年金制度やその持続可能性に対する誤解を与えかねないと反対の声も上がっているようです。

 厚生労働省案では、(現役世代の負担軽減の観点から)年金の給付水準を物価や賃金の上昇率よりも低く抑えている「マクロ経済スライド」について、現在2057年度までとされている継続期間を2036年度までに短縮するとしています。

 この措置によって必要になる財源は、会社勤めの高齢者や女性の増加などで比較的財政が安定している「厚生年金保険料」の積立金からの拠出で賄うとのこと。また、基礎年金の半分は国の負担となるため、給付水準の改善に伴い国庫からも最大で年2・6兆円の追加財源が必要となる模様です。

 では、それは誰が負担するのか。この措置によって恩恵を受けるのは、国民年金受給者(=自営業者等)だけでなく厚生年金の1階部分に当たる基礎年金の金額が増える厚生年金受給者(=サラリーマン)も同じこと。なので、厚生年金に加入する2号被保険者や雇用主に広く財源を求めるというのがこのプランの要諦です。

(簡単に言ってしまえば)これは結局のところ「取りやすい所から取る」ということ。所得税や社会保険料についても同様ですが、このニッポンでは賃金が白日の下にさらされている現役サラリーマンの悲哀は、これから先もまだまだ続きそうです。

 厚生労働省のこうした(安直な)動きに対しては、ネット上にも様々な反対意見が示されています。12月6日の総合経済サイト「PRESIDENT Online」に昭和女子大学特命教授の八代尚宏(やしろ・なおひろ)氏が、『取りやすいサラリーマンから取る"姑息な改革案"のカラクリ』と題する(タイトルからして「まさにそのまま」の)論考を寄せているので、一例として概要を小欄に残しておきたいと思います。

 基礎年金は現状、(マクロ経済スライドによって)33年後の2057年度まで支払う年金額の目減りが続き、65歳時点の受給額が現在より3割低くなると予想されている。一方、厚生労働省から提案された今回の改革案が実現すると、基礎年金の減額期間が21年前倒しされ、給付水準は3割上がる見込みだと八代氏はこの論考に綴っています。

 (これだけ聞けば)ほぼ全ての年金受給者が恩恵を受ける「いいニュース」のように聞こえてくる。しかし、この案の実態は、被用者(サラリーマン)の負担増による国民年金の救済策に他ならないと氏はこの論考で指摘しています。

 保険料の未納付率の高い国民年金の救済措置として、保険料を強制的に天引き徴収される被用者の負担増で対処するのはあまりに安易な手段。これは本来、必要とされる年金制度の抜本改革を避けて、単に保険料を「取りやすい被用者から取る」小手先の対応だというのが氏の見解です。

 それはどういうことなのか?自営業者などが主体の国民年金では、その保険料を強制的に徴収できない(注:滞納を続けると最終催告状などを経て、強制徴収にいたることもある…にはある)。このため保険料を実質的に納付した者の割合は、2023年の数字で全体の半数以下。44%にとどまっていると氏は説明しています。

 国民年金の「免除者」が将来受け取る金額は国庫負担分のみとなり、満額の半分となる。つまり、免除者の増加は(財務省の負担増にはなるが)年金財政には直接影響せず、見かけ上(いわば財務省が肩代わりすることで)の全体の徴収率を高めているだけだということです。

 日本の年金制度の最大の弱点は、この財政基盤の弱い国民年金にあると氏はここで指摘しています。

 国民年金は、基礎年金とも呼ばれるために混乱が生じやすいが、もともとは被用者年金と別個の制度であった国民年金を被用者年金と無理やり合併させ、共通の基礎年金制度としたもの。この基礎年金には独自の財源はなく、既存の国民年金や厚生年金などからの拠出金に依存していると氏は言います。

 その際、この拠出金の配分基準を、各々の制度の被保険者数ではなく、「保険料を負担した実人数」にもとづいていることが大きなポイントで、結果、国民年金でいくら保険料の免除者や未納付者数が増えても、(その分は)保険料を100%納付している被用者が負担するという、巧みなトリックが隠されているということです。

 このように、被用者年金による国民年金の救済措置は以前から存在しており、今回の国民年金の3割底上げ措置は、それをより拡大したものにすぎないと氏は説明しています。

 なお、厚生労働省は、被用者年金にも基礎年金部分が含まれることから、今回の措置では被用者も得になると説明している。基礎年金給付の半分は国庫負担のため、厚生年金に対する比率が(わずかでも)高まれば、その分被用者の受給額も増えるという理屈だろうが、厚労省には関係がなくても、国民全体の負担増には変わりはない。安易に一般財源に依存するのではなく、年金保険としての財政の健全化には、固有の財源を確保する必要があるというのが氏の認識です。

 少子高齢化がいっそう深刻となっている現在、年金制度改革自体は与野党一体となって、国民の理解促進のために多様な政策メニューの提示と活発な議論が必要だと氏は話しています。

 ところが、見直しの主体となるのは、年金制度の抜本改革を避けようとする政治家と、それを忖度し国民から大きな反発が出ないようなメニューに最初から絞り込んでしまう厚労省との組み合せ。(制度が複雑でわかりにくいが)これでは、今回のような「取りやすい被用者年金から財源を取る」という姑息な改正案しか生まれないというのが氏の懸念するところです。

 年金制度だけでなく、医療や介護、給付付き税額控除など、抜本的な社会保障制度の改革は、個別の利害関係が錯綜する厚労省の審議会に任せておいても容易に解決するものではない。総理直轄の経済財政諮問会議などを積極的に活用し、改革の基本方針を定めなければならないと話す八代氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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