6月10日の日本経済新聞の紙面に寄せられていた、京都大学教授の依田高典(いだ・たかのり)氏による「認知バイアス、政策に生かせ コロナに経済学の知見」と題する論考を、引き続き追っていきたいと思います。
さて、PCR検査で陽性となったとしても、その信頼性は(確率計算上では)4割程度(44%)に過ぎないとする依田氏の指摘(「新型コロナと認知バイアス(その1)」参照)には驚かされましたが、実はこの話にはまだ続きがあります。
依田氏はこの論考に、「PCR検査で陽性だった人が実際に感染している確率はどのくらいか?」について、氏らのグループが日本とイギリスで行ったアンケート調査の結果を示しています。
それによれば、この設問に対する日本人の回答の平均値は56%と正答よりも10%ほど高めで、さらに、最も頻度が高かった(答えが多かった)のは「80%」だったということです。
一方、英国人に同じ質問をしたところ、回答の平均値は34%と正答よりも10ポイントほど、日本人の回答よりも20ポイントほど低い結果となった。また、英国では感染率を「5%以下」と回答した人が、割合として最も多かったと氏はしています。
こうした結果は、日本人が検査に対し悲観的な態度を持つことを表していると氏はこの論考で説明しています。日本の中には感度(←病気に感染している人で、検査で陽性になった人の割合)の80%をそのまま「的中率」と誤解する人が多く、楽観的な態度をとる英国人とは大きく様相が異なっているというのが氏の認識です。
そこで、日本人に絞ってバイアスと個人の属性の関係を調べると、当時の体調が良い人、心の調子が悪い人、女性、年齢が高い人、教育水準が高い人で悲観バイアスが大きくなることが分かったと、氏は指摘しています。
さらに、バイアスと感染対策への評価、接触削減の割合、ワクチン接種の態度の間の相関関係を調べた結果では、バイアスが楽観から悲観へ傾くほど、経済よりも健康を重視する意見が増え、緊急事態宣言を必要とし、その効果を評価する意見が増えた。同様にバイアスが大きくなるにつれ、第1波の際の外出頻度や接触人数の削減度が大きくなり、バイアスが大きくなるほどワクチンを接種する意向が強くなったということです。
こうした結果が示すのは、検査結果に過敏に反応し悲観バイアスを持つ人ほど積極的な感染対策に肯定的であり、自粛行動に努めようとしていること。つまり、ウイルスは人から人に広がる負の外部性(影響)を持つので、(日本のような)悲観バイアスを持つ集団ほどウイルスは広がりにくく、感染被害を早期に抑止できるという推論が成り立つと氏はしています。
日本人が政府の要請や国民間の同調圧力に粛々と従ってきた背景には、日本人の多くが歴史的に培ってきたネガティブで悲観的な感情の発露があるということでしょうか。
一方、こうした日本においても、若い男性や教育水準の低い人で楽観バイアスが大きく、行動変容が十分ではないことが、調査の結果からは見えてきていると、氏はこの論考の最期に指摘しています。
その前提に立てば、こうした特定層をターゲットにして、大学や職場で講習時間をとり、感染リスクに関する教育を実施し、感染予防を訴えることなどの効果や社会的意義は大きいと氏は言います。氏が専門とする行動経済学においても、万人に共通のユニバーサル・ナッジから、一人ひとりに最適化されたパーソナル・ナッジへと舵を切りつつあるということです。
欧米諸国のように個人が自律的な判断基準に基づき行動する社会とは若干異なり、悲観的であるが故に、強い同調圧力の下で集団的に統率の取れた行動をとる日本の社会は、感染拡大などに対する「守り」には滅法強い。しかし、ワクチン接種や経済活動の再開などの「攻め」のタイミングに至っても、行動変容に慎重で躊躇しがちという弱点をさらしているということでしょうか。
そうした視点を踏まえ、今後はこれまでの「緊急事態宣言」のように多くの人を巻き込んで等しく行動を制限するのではなく、効果の違いに応じてきめ細かく「ターゲティング政策」を設計するような新しい態度で望むべきだとこの論考を結ぶ依田氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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