「格差社会研究家」を自認する早稲田大学教授で社会学者の橋本健二氏が1月14日の「現代ビジネスon line」に、『平均年収186万円…日本に現れた新たな「下層階級」の実情』と題する論評を寄せています。
今、日本の社会は大きな転換点を迎えている。格差拡大が進み、巨大な下層階級が姿を現わしていると、橋本氏はこの論評の冒頭に記しています。
その数は既に930万人に達し、就業人口の約15%を占めさらに急速に拡大しつつある。平均年収はわずか186万円で、貧困率は38・7%。特に女性では貧困率がほぼ5割に達する「下層階級(アンダークラス)」が大規模に姿を現しつつあるということです。
彼らは、常に貧困と隣り合わせているだけに結婚して家族を形成することが難しく、男性では実に66・4%までが未婚で、配偶者がいるのはわずか25・7%。女性では43・9%までが離死別を経験していて、(多くは)このことが貧困の原因になっていると氏は説明しています。
氏の研究によれば、さらにこうした人たちは健康状態にも問題がある場合が多く、4人に1人は身体の不調を自覚しており、特に「心の病気」を経験した人の比率は、他の人々の3倍近い2割に上っているということです。
その一方で、彼らには支えになる人も親しい人も少なく、地域の集まりや趣味の集まり、学校の同窓会などに参加することも少ないことが、その生活をより不安定なものにさせている。暗い子ども時代を送った人が多いのも彼らの特徴のひとつで、いじめにあった経験をもつ人が3割を超え、不登校の経験者も約1割、中退経験者も多いと氏は言います。
彼らの多くは、パート、派遣、臨時雇用など、身分の不安定な非正規雇用の労働者として働き、仕事の種類は、マニュアル職、販売職、サービス職が多い。平均労働時間はフルタイム労働者より1-2割少ないだけで、多くがフルタイム並みに働いているということです。
かつて最下層であった「労働者階級」の中でも、正規雇用の労働者は、長期不況にもかかわらず収入が安定し、貧困率も低下してきていると橋本氏は見ています。一方、21世紀に入って日本の労働者階級の内部に巨大な裂け目が生まれ、採用時に非正規に甘んじた労働者は、そのまま取り残され、底辺へと沈んでいったということです。
橋本氏はこうした動きを「新しいアンダークラスの誕生」と呼んでいます。「アンダークラス」とは、これまで特に米国で、都市の最下層を構成する貧困層を指すものとして使われてきた言葉です。
しかし格差が拡大する中で、日本にも正規労働者たちとは明らかに区別できる「アンダークラス」が誕生し、階級構造の重要な要素となるに至っている。労働者階級が大きく正規と非正規に分断され、取り残された(スキルを持たない)非正規の就労者たちが、その脆弱さが故に(いわゆる)「貧困の連鎖」のもとで固定化しつつあるというのが、現在の状況に対する橋本氏の認識です。
さて、そうした問題意識の下、橋本氏は近著『新・日本の階級社会』において、現下の日本の社会階級(クラス)を (1)資本家階級、(2)新中間階級、(3)正規労働者、(4)旧中間階級、(5)アンダークラス(パート主婦を除く非正規労働者)の5つに分類しています。
最上級の「(1)資本家階級」は、大企業から従業員5人以上の零細企業経営者も含む(いわゆる)「社長」と呼ばれる人たちです。全国に約254万人いるこうした社長さんの平均個人年収は604万円で、平均資産総額は4863万円とされています。
次のクラスである「(2)新中間階級」は、高学歴の事務職や技師を中心とする「ホワイトカラー」の階層です。人口規模は約1285万人で、就業人口の20・6%を占め、平均個人年収は499万円で資産の平均額は2353万円ということです。
第3のクラス「(3)正規労働者」は、それほど高いスキルを要求されない仕事に従事する労働者で、全国に2192万人と推計されています。就業人口の約3分の1、35・1%を占め、5つの階級の中では最多数の階層です。平均個人年収は約370万円で、資産の平均額は1428万円。資産の大部分が持ち家などの不動産だということです。
さらに「(4)旧中間階級」は、自営業者と家族従業者により構成される階層です。就業人口の12・9%、806万人がこの階級に分類され、平均個人年収は303万円であるが共働きのケースが多く、世帯年収は587万円、資産の平均額も2917万円と(比較的)多いのが特徴とされています。
そして、こうした人々のさらに下、最も底辺にいる人たちが、この「(5)アンダークラス」ということになります。現在の日本では、販売店員や非正規の事務職に加え、ビジネスや人々の生活を下支えする様々なサービス職とマニュアル職の人たちがここに位置付けられるということです。
橋本氏によれば、こうしたアンダークラスの源流は若者の非正規労働者が激増しはじめた(いわゆる)「就職氷河期」に遡り、この時期に社会に出た若者たちの一部がそのまま非正規労働者にとどまり続けたことで、今日のように巨大な「階級」を形成するに至ったということです。
因みに、総合研究開発機構(NIRA)では、この世代が老後に生活保護を受けるようになった場合に、必要になる追加の費用を推計しています。
これによると、就職氷河期の到来は2002年までに非正規雇用者と無業者を191・7万人増加させたということですが、このうちの77・4万人が65歳になった時点で生活保護の対象となる可能性が高いということです。
もしもこの77・4万人が(残りの生涯にわたって)生活保護を受け続けたとすると、その費用は17・7兆円から19・3兆円に達します。即ち、今のうちにアンダークラスを減らすための手を打たないと、こうした負担は社会に壊滅的打撃を与えかねないというのがこの論評において橋本氏が指摘するところです。
思えば、バブル崩壊後の1993年から2005年にかけての時期に学卒を迎えた1970年代から80年代当初に生を受けた団塊ジュニア世代やポスト団塊ジュニア世代は、そのボリューム感から言っても今後の日本の社会に大きな影響を与える存在と言えるでしょう。
正規・非正規の区別をなくす「働き方改革」の実現が社会の課題となる中、彼らの世代ひとりひとりが、胸を張って(残された10数年間の)キャリアを積み上げられるよう、ターゲットを絞った政策が今、求められているのは言うまでもありません。
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