MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1788 豊かになると子供の数が減る理由

2021年01月17日 | 社会・経済


 日本産科婦人科学会が、10月~2021年3月の出産数が、新型コロナウイルスによって妊娠・出産を控える女性が増えていることなどから、前年同時期と比べて地域によっては6割程度減る可能性があるとする調査結果を公表したと12月13日の朝日新聞が報じています。

 この調査は同学会が全国の576の産科施設に対して実施し、2019年10月~20年3月の実際の出産数と20年10月~21年3月の出産予約数を比較したもの。

 全国平均では31%の減少が見られたほか、例えば大分県では昨年同時期比で63%減、長野県では59%減、宮崎県では57%減など特に地方部における現象散るが高かったということです。

 調査を行った三重大学の池田智明教授は、元々少子化傾向にあることに加え、新型コロナによって里帰り出産を控える人がいることが地方の出産数減少に影響している可能性も指摘しています。

 厚生労働省の調査によれば、実際、全国の市区町村に今年5~7月に提出された「妊娠届」は前年の同時期に比べ11・4%減少しているとされています。

 少子化の進行が強く懸念される日本の社会において、これから先の出生数に新型コロナの感染拡大のどのくらいの影響を与えていくのか。少子化対策や子育て支援を進めてきた政府としても、予断を許さない状況といえるでしょう。

 こうした中、11月18日の(同じく)朝日新聞では、麻生太郎財務相が同日開かれた衆議院の財務金融委員会で、少子化の原因について「一番は、『結婚して子どもを産んだら大変だ』ばかり言っているからそうなる」などの「持論」を展開したと伝えています。

 「少子化対策のため、政府が新婚カップルを応援してはどうか」との質問に対しては、「独身者に『おまえ、結婚は夢があるぞ』と堂々と語っている先輩の人はほとんど聞いたことない。結婚だけはやめとけ、大変だぞ、とみんな言うから。結婚は夢がある、子どもを育てるのはおもしろいって話がもっと世の中に出てこないと、なかなか動きにならないんじゃないかというのが正直な実感」と語ったということです。

 さて、麻生大臣が独特の語り口でそのような発言をする姿は(デジャブーさながら)目に浮かぶところですが、少子化は本当に(周りの人々やメディアが)子育ての苦労ばかりを話すからなのか。

 昨年末の日本経済新聞の連載コラム「やさしい経済学」では、京都大学准教授の安井大真(やすい・だいしん)氏が「家計の選択と少子化」と題する一連の論考により、社会の豊かさと子供の数の関係について分かりやすく解説しています。

 2019年の日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)は1.36。移民を考えなければ、人口が減らないために必要とされる水準である2.1を大きく下回る状況にあると安井氏は現状を説明しています。

 歴史を振り返ってみると、(団塊の世代を生んだベビーブームさなかの)1949年の日本の合計特殊出生率は4.32だった。つまり、日本ではこの70年間にひとりの女性が産む子供の数は3人も減ったということです。

 実は、こうした(少子化)現象は日本に限ったことではなく、全ての先進国で観察されていると氏は言います。

 米国の場合、1人の女性が産む子供の数は19世紀初頭で約7人だったものが現在では2人になっている。先進国と途上国との比較でも、最も貧しい国々では現在でも5~7人が普通だということです。

 人々が豊になればなるほど子供の数が少なくなるのはなぜなのか。12月15日の同コラムで、安井氏はその理由を以下のように説明しています。

 親は子どもの「量」と「質」の両方を望むので、自分が置かれた状況次第で、「量(数)」を優先することも、「質(価値)」を優先することもあると氏はこの論考に記しています。

 自分の子どもはすべて同等に扱うとすれば「子どもの費用=一人一人の質×量」という式が成り立つので、一人一人の質を低くすれば低い費用で量を増やすことができる。一方、量を減らせば、低い費用で一人一人の質を高めることができるということです。

 そこで、どのようなタイプの家計がどちらを優先するかを考える場合、「子育てには時間がかかる」という点がポイントになるというのが氏の見解です。

 質を高めることに比べ、量を増やすことはより時間が必要な活動となる。子どもを大学に進学させることは(親にとっては)金銭的な負担が中心だが、子どもが小さいときの育児には多くの時間を使うため、量を増やすと逸失所得で測る機会費用が大きくなると氏は言います。

 所得が高い人(つまり逸失所得の時間単価が高い人)ほどそれは高額になるので、子どもを増やすことをためらうようになる。もともと予算に余裕がある上に子ども数が少ないとなれば、一人一人の質を高めるための支出はさらに大きくなるということです。

 つまり、所得が高いと「質」を優先し、所得が低いと「量」を優先しがちになるということ。子供の存在がいくら望ましいものであっても、所得が高くなるほど子どもが少なくなるのは論理的に裏付けられたものだと氏は説明しています。

 特に影響が大きいのが、現実に出産や育児の過程でより多くの時間を割く女性の所得であるというのが、この論考において安井氏の指摘するところです。女性の社会進出が進み所得が高くなることは、社会全体から見て十分少子化の一因となり得るということです。

 さらに、経済の発展や社会の高度化に伴う少子化の最大の要因は、教育の重要性が増大することだと氏はここで話しています。

 「質」の重要性が増し、多くの家計が「量」より「質」を重視するようになれば、教育に要する経済的なコストも増加していく。肉体労働が重要な経済では、高度な教育を与えなくても子どもは将来十分な所得を得られるため一人一人の費用が低く「量」を優先できるが、一方、頭脳労働が重要な経済では反対の状況が生まれるということです。

 こうして、経済発展とともに頭脳労働が重要になるとすれば、発展するにつれて質を重視する家計が増え、出生率が低下すると氏は言います。

 麻生大臣の発言に「あんたたちマスコミが(結婚して子供を産むのは大変だとか)そんなことばっかり言うからだ」というのがあったようですが、社会や経済の発展によって「子育てが大変になった」のはおそらく事実でしょう。

 そうした現実を踏まえたうえで、国際間の所得と出生率の負の関係と、同一社会内の所得と子ども数の負の関係を説明する安井氏の論考を、私も興味深く読んだところです。



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