この週末、山梨の叔母が亡くなり葬儀に行ってきました。おじさんの母親の姉で、この叔母もおじさんと同じDNAなものだから、叔母の古里の空気を届け、送ってあげたいとの思いで行ってきました。享年100歳の大往生でした。
おじさんは、10月、11月、出張やら葬儀など、人と出会うことが多く、少々お疲れさんです。人がいないと不安になるくせに、そのようなことを言っているわがままなおじさんがいます。
前にも言ったように、人間は社会的動物ということからは当然のこととはいえ、どちらかというと一人でいることが好きなおじさんですから、人がいるところでは、たぶん、すごく気を使っているのではないかと思います(なんか自分を美化しているみたいですけど)。
まず、人がいれば、人の気配を感じ、人がいるということを意識します。他者はおじさんの一人ぐらいは気にも止めていないのが普通だと思いますが、おじさん心は違います。人がいるということを前提とした表情があり、しぐさがあります。ましてや直接話をするとなったら、なんぼ語彙不足のおじさんといえども言葉にも気を使います。
というわけで、おじさんとしての普段を超える出会いがあったので、少々疲れたということです。
家族だけの生活をしているとき、よくいわれます。「お父さん、口をへの字にして怒っているみたいだ」と。自分ではすごく自然なのですが、外からはそう見えるようです。そういえば、学生時代にも同じことを言われたことがあります。何か考え事をしていて、他者のことを意識していなかったのだと思います。
ついでに言いますが、そう言った人はすべて女性です。女性って正直なんだなぁと、つくづく思います。
多くの人との出会いは、貴重で有意義であったことは当然ですが、少々疲れました。
これって、贅沢な話かも。
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