昼前に伺い、5年ぶりにお会いした山添村大塩住民のYさん。
通院している天理の病院でなんどかお会いした。
ご自身の身体のこともあるが、奥さんの付き添いが多かった。
心臓手術後の経過確認に通院していた循環器内科の診察待ちにばったりお会いした日は平成27年11月17日だった。
そのときに言葉をかけてくださったYさん。
「身体大事にせーや」だった。
次の機会は、平成28年3月8日。
診察終えて、食事に入店されるご夫妻の姿を遠くから拝していた。
数カ月後の平成28年7月18日。
Yさんが、畑作業に今でも使っている道具にブトクスベがある、と話しておられたので、そろそろ暑くなる季節だから、ブトクスベの出番の状況を知りたくて電話した。
このときの奥さんの具合は・・・月2回診察になっていたから、取材に応じられない状況にお断り申された。
その後の平成29年5月5日。
取材途中に訪れた表敬訪問。
ご自宅におられたYさんに挨拶させていただいたときのお声・・・・
前月の4月29日、奥さんの容態が急変。
事態は緊急入院措置。
話している時間もない状況に、これから毎日が付き添いしなければ・・・と。
お願いしていたブトクスベ取材は、一旦取りやめ。
その年の平成29年11月に亡くなられた、と知ったのは数か月後の翌年の平成30年2月16日であった。
FBに、Yさんのお名前が目に入った。
自然に出力されたYさんのお名前に間違いない、と判断し、FBメールにお願いした友達リクエスト。
FBメールに入れたコメントは「ご無沙汰しております。大和郡山市の田中眞人です。私も利用しているFBに突然のごとく、Yさんのお名前が出てきて、思わずリクエストボタンを押しました」
すると、要求に応えたYさんのアクションがあった。
「リクエスト承認ありがとうございます。お元気でいらっしゃいますでしょうか。相も変わらず、よろづ検診に行っています。3カ月に一度は循環器内科、半年に一度は血管外科医師の診察。良くも、悪くもならない状態ですが、生きています」と、コメントした。
Yさんからの返事は「お元気でお過ごしとのこと,安心しました。昨年の11月に妻が亡くなりました。今は慣れない寂しい一人暮らしです。また御茶でも飲みに来てください」だった。
亡くなったとは、何度かの訪問にももてなししてくださった奥様のお顔が脳裏に浮かんできた。
FBメールに入れたコメントは、「えー、そうだったのですか。これまで何度か火曜日の循環器内科受付でお会いしたことがあったのに・・・。行くたびに、おられるかなと探していました。お悔やみ申し上げます。また機会設けて寄らせてもらいますのでよろしくお願いします」、とした。
その後は、数回のメールをしていたが、ご無沙汰してしまった。
気がつけば、コロナ禍に突入していた。
村のマツリのほとんどが中止、中断の道を選んだ。
が、村行事の中でも中断しない習俗もある。
また、村の暮らしに欠かせない作業は中断と、するワケにはいかない。
ここ数年間の行事取材は、コロナ禍であっても、なくてもしなければならない暮らしの習俗に絞った。
山添村の大塩もまた中止、中断であるが、例えばお盆の習俗に墓掃除に墓参りなどはやめるワケにはいかない。
そのような習俗は、どうされるのだろうか。
足を運んで取材、それが私の取材スタイル。
1週間前の7月24日に訪れた大塩。
たまたまの出会いに、今日の8月1日に地区にある井戸を清掃する、と話してくださった大塩の七日盆の井戸替え。
作業名称は井戸替えであるが、作業の内容は水溜めの槽のゴミを取り除き、綺麗する井戸浚えである。
作業の取材を終えて立ち寄ったY家。
お会いできたYさん。
実に5年ぶりのご対面である。
あがってや、と伝えられたそこはいつものお部屋。
客人と会話する、つまり応接間。
旧家のお家は、どの地域であってもみな同じの玄関あがりの間である。
先に、お願いした奥さんをまつる仏壇。
おりんに鳴らしたチーン。
手を合わせて、線香をあげさせてもらった。
Yさんが、いつもの美味しい茶を淹れてもらったお茶。
甘くて、とろっとした味わいや、と伝えたら、1袋持って帰り、とくださった。
Y家のお庭の植栽に思わず見とれていた。中でも私の好みの山野草がある。
この時季に咲いていた真っ白な風蘭の花。
見惚れているワケにはいかない。
そう、アレを見せてやろう、と移動した。
Y家の駐車場は、坂道を下った村の道沿いに建つ車庫。
そこにおりや、といわれて待っていた。
これがそうだと、持ってきたブトクスベは、母親から作り方を継承した姿、形。
この日のために、わざわざ作ってくださった母親譲りのブトクスベ。
太さは5cm、長さは20cm。
再生利用の端切れの綿の布を芯にしっかり縛った紐は藁紐。
これだけの藁でしっかり縛ったらほどけないブトクスベ。
このブトクスベに木の棒を突っ込み、ズボンのベルト止めの輪の部分に2カ所をひっかけ、腰に固定する。
虫は煙を嫌がる。
ブトクスベに火を点けても燃え広がらない。
じわじわ燃えはするが火の粉は出ない。
出るのは煙だけ。
くすぼった煙で虫を追いやるブトクスベ。
虫を殺すのではなく、虫が嫌うようにくすべる。
煙、それ自体によって虫が寄ってこない。
自然界と共生する道具が煙。
それによって虫が寄ってこない、自然界と共生する道具がブトクスベ。
Yさんは、スマホの利用者。
通話などを主に利用しているが、どうもフェースブックの使い方が、よく理解できたいな、という。
メッセンジャーも、あのときぐらいからはじめたようだ。
使い方が、あまり詳しくないから、無駄な情報は排除したい、という。
なるほど、実は私も不必要な情報の多さに辟易している。
排除、削除するのも世の状況を知る手がかりのひとつ。
無用な情報を削除するのも、日課だと思うようにした。
で、ないとストレスばかりが増えるだけ。
消すことは、ある意味時間つぶしでもある、と伝えたら、そうか、とおっしゃった。
帰り際に、これも持って帰りと、言われて受け取ったカボチャ。
Yさんが自家栽培している小型カボチャは、天然の甘さが美味しいというぼっちゃんかぼちゃ。
持ちかえったぼっちゃんかぼちゃは、翌日にかーさんが調理してくれた。
おふくろも、美味し、美味しいと食べていたぼっちゃんかぼちゃ。
お茶も、カボチャも、この場を借りてお礼申し上げる次第だ。
(R3. 8. 1、 2 SB805SH/EOS7D撮影)
通院している天理の病院でなんどかお会いした。
ご自身の身体のこともあるが、奥さんの付き添いが多かった。
心臓手術後の経過確認に通院していた循環器内科の診察待ちにばったりお会いした日は平成27年11月17日だった。
そのときに言葉をかけてくださったYさん。
「身体大事にせーや」だった。
次の機会は、平成28年3月8日。
診察終えて、食事に入店されるご夫妻の姿を遠くから拝していた。
数カ月後の平成28年7月18日。
Yさんが、畑作業に今でも使っている道具にブトクスベがある、と話しておられたので、そろそろ暑くなる季節だから、ブトクスベの出番の状況を知りたくて電話した。
このときの奥さんの具合は・・・月2回診察になっていたから、取材に応じられない状況にお断り申された。
その後の平成29年5月5日。
取材途中に訪れた表敬訪問。
ご自宅におられたYさんに挨拶させていただいたときのお声・・・・
前月の4月29日、奥さんの容態が急変。
事態は緊急入院措置。
話している時間もない状況に、これから毎日が付き添いしなければ・・・と。
お願いしていたブトクスベ取材は、一旦取りやめ。
その年の平成29年11月に亡くなられた、と知ったのは数か月後の翌年の平成30年2月16日であった。
FBに、Yさんのお名前が目に入った。
自然に出力されたYさんのお名前に間違いない、と判断し、FBメールにお願いした友達リクエスト。
FBメールに入れたコメントは「ご無沙汰しております。大和郡山市の田中眞人です。私も利用しているFBに突然のごとく、Yさんのお名前が出てきて、思わずリクエストボタンを押しました」
すると、要求に応えたYさんのアクションがあった。
「リクエスト承認ありがとうございます。お元気でいらっしゃいますでしょうか。相も変わらず、よろづ検診に行っています。3カ月に一度は循環器内科、半年に一度は血管外科医師の診察。良くも、悪くもならない状態ですが、生きています」と、コメントした。
Yさんからの返事は「お元気でお過ごしとのこと,安心しました。昨年の11月に妻が亡くなりました。今は慣れない寂しい一人暮らしです。また御茶でも飲みに来てください」だった。
亡くなったとは、何度かの訪問にももてなししてくださった奥様のお顔が脳裏に浮かんできた。
FBメールに入れたコメントは、「えー、そうだったのですか。これまで何度か火曜日の循環器内科受付でお会いしたことがあったのに・・・。行くたびに、おられるかなと探していました。お悔やみ申し上げます。また機会設けて寄らせてもらいますのでよろしくお願いします」、とした。
その後は、数回のメールをしていたが、ご無沙汰してしまった。
気がつけば、コロナ禍に突入していた。
村のマツリのほとんどが中止、中断の道を選んだ。
が、村行事の中でも中断しない習俗もある。
また、村の暮らしに欠かせない作業は中断と、するワケにはいかない。
ここ数年間の行事取材は、コロナ禍であっても、なくてもしなければならない暮らしの習俗に絞った。
山添村の大塩もまた中止、中断であるが、例えばお盆の習俗に墓掃除に墓参りなどはやめるワケにはいかない。
そのような習俗は、どうされるのだろうか。
足を運んで取材、それが私の取材スタイル。
1週間前の7月24日に訪れた大塩。
たまたまの出会いに、今日の8月1日に地区にある井戸を清掃する、と話してくださった大塩の七日盆の井戸替え。
作業名称は井戸替えであるが、作業の内容は水溜めの槽のゴミを取り除き、綺麗する井戸浚えである。
作業の取材を終えて立ち寄ったY家。
お会いできたYさん。
実に5年ぶりのご対面である。
あがってや、と伝えられたそこはいつものお部屋。
客人と会話する、つまり応接間。
旧家のお家は、どの地域であってもみな同じの玄関あがりの間である。
先に、お願いした奥さんをまつる仏壇。
おりんに鳴らしたチーン。
手を合わせて、線香をあげさせてもらった。
Yさんが、いつもの美味しい茶を淹れてもらったお茶。
甘くて、とろっとした味わいや、と伝えたら、1袋持って帰り、とくださった。
Y家のお庭の植栽に思わず見とれていた。中でも私の好みの山野草がある。
この時季に咲いていた真っ白な風蘭の花。
見惚れているワケにはいかない。
そう、アレを見せてやろう、と移動した。
Y家の駐車場は、坂道を下った村の道沿いに建つ車庫。
そこにおりや、といわれて待っていた。
これがそうだと、持ってきたブトクスベは、母親から作り方を継承した姿、形。
この日のために、わざわざ作ってくださった母親譲りのブトクスベ。
太さは5cm、長さは20cm。
再生利用の端切れの綿の布を芯にしっかり縛った紐は藁紐。
これだけの藁でしっかり縛ったらほどけないブトクスベ。
このブトクスベに木の棒を突っ込み、ズボンのベルト止めの輪の部分に2カ所をひっかけ、腰に固定する。
虫は煙を嫌がる。
ブトクスベに火を点けても燃え広がらない。
じわじわ燃えはするが火の粉は出ない。
出るのは煙だけ。
くすぼった煙で虫を追いやるブトクスベ。
虫を殺すのではなく、虫が嫌うようにくすべる。
煙、それ自体によって虫が寄ってこない。
自然界と共生する道具が煙。
それによって虫が寄ってこない、自然界と共生する道具がブトクスベ。
Yさんは、スマホの利用者。
通話などを主に利用しているが、どうもフェースブックの使い方が、よく理解できたいな、という。
メッセンジャーも、あのときぐらいからはじめたようだ。
使い方が、あまり詳しくないから、無駄な情報は排除したい、という。
なるほど、実は私も不必要な情報の多さに辟易している。
排除、削除するのも世の状況を知る手がかりのひとつ。
無用な情報を削除するのも、日課だと思うようにした。
で、ないとストレスばかりが増えるだけ。
消すことは、ある意味時間つぶしでもある、と伝えたら、そうか、とおっしゃった。
帰り際に、これも持って帰りと、言われて受け取ったカボチャ。
Yさんが自家栽培している小型カボチャは、天然の甘さが美味しいというぼっちゃんかぼちゃ。
持ちかえったぼっちゃんかぼちゃは、翌日にかーさんが調理してくれた。
おふくろも、美味し、美味しいと食べていたぼっちゃんかぼちゃ。
お茶も、カボチャも、この場を借りてお礼申し上げる次第だ。
(R3. 8. 1、 2 SB805SH/EOS7D撮影)