オスカー・ピーターソンが23日、カナダ・トロント郊外の自宅で腎臓疾患のため亡くなった。 82歳だった。
今朝、ABCニュースで、これ知り一番最初に思い出したのは某JAZZ雑誌の編集長が言ってた言葉。
「オスカーピーターソンの追悼文はすでに書いてある」(ホントかどーか知りませんけどね)
2月発売JAZZ関係雑誌(ったって、何冊もある訳じゃない)の特集は、ピーターソン一色でしょー(1月発売には間に合わないでしょ)
この前、ツタヤにピーターソンのDVDがあったので借りよーかどーしようかサンドラ(仮名)と悩んだ。
脳梗塞で倒れたのがいつだったか知らなかったので(1993年だった)とりあえずやめときましたが、ピータソンって言えば、この人何本指あんの?って思うほどの、バカテクピアニスト。
なので倒れた後、指に後遺症が残っていると聞いていたので、なんとなく遠ざかったおりました。
おそらく、最初に出会ったバカテクミュージシャンがオスカーピーターソンだと思う。
次がTEN YEAES AFTERのギターリスト、アルビン・リーではないだろーか。
ピーターソンの演奏は楽しかった(分かりやすかった)ので、子どもの時、たくさん聴いた記憶があるけど、オイラにとってピーターソンと言えば「ウエスト サイド ストーリー」。
映画もいいけどピーターソンもねって感じで当時聴いていたんでしょー。
一昨年だったかCD、図書館で借りてきた事ありますし。
ジャズはピアノトリオが面白いって教えてくれたのもピーターソンかもしれません。
昔JAZZのレコード聴いてて、プレイヤーが黒人か白人か、なんとなく分かった。(今は、まったく、どっちか分かりません)
黒人の演奏は重たかった。
特にピアニストは分かりやすかった、オイラにとって。
でもピーターソンは黒人なのに、なんで、あんなに明るい演奏できるのか不思議だったが、彼はカナダ人なのであります。
お隣アメリカとは環境が違ったのであります。
と言ってカナダの人種差別に関して何も知りませんけど、オイラはモントリオールで差別は感じなかった。
パリでは感じたが、、、、。まっいいか。
おそらく色々学んだのではないでしょーか、ピーターソンから。
今朝、ABCニュースで、これ知り一番最初に思い出したのは某JAZZ雑誌の編集長が言ってた言葉。
「オスカーピーターソンの追悼文はすでに書いてある」(ホントかどーか知りませんけどね)
2月発売JAZZ関係雑誌(ったって、何冊もある訳じゃない)の特集は、ピーターソン一色でしょー(1月発売には間に合わないでしょ)
この前、ツタヤにピーターソンのDVDがあったので借りよーかどーしようかサンドラ(仮名)と悩んだ。
脳梗塞で倒れたのがいつだったか知らなかったので(1993年だった)とりあえずやめときましたが、ピータソンって言えば、この人何本指あんの?って思うほどの、バカテクピアニスト。
なので倒れた後、指に後遺症が残っていると聞いていたので、なんとなく遠ざかったおりました。
おそらく、最初に出会ったバカテクミュージシャンがオスカーピーターソンだと思う。
次がTEN YEAES AFTERのギターリスト、アルビン・リーではないだろーか。
ピーターソンの演奏は楽しかった(分かりやすかった)ので、子どもの時、たくさん聴いた記憶があるけど、オイラにとってピーターソンと言えば「ウエスト サイド ストーリー」。
映画もいいけどピーターソンもねって感じで当時聴いていたんでしょー。
一昨年だったかCD、図書館で借りてきた事ありますし。
ジャズはピアノトリオが面白いって教えてくれたのもピーターソンかもしれません。
昔JAZZのレコード聴いてて、プレイヤーが黒人か白人か、なんとなく分かった。(今は、まったく、どっちか分かりません)
黒人の演奏は重たかった。
特にピアニストは分かりやすかった、オイラにとって。
でもピーターソンは黒人なのに、なんで、あんなに明るい演奏できるのか不思議だったが、彼はカナダ人なのであります。
お隣アメリカとは環境が違ったのであります。
と言ってカナダの人種差別に関して何も知りませんけど、オイラはモントリオールで差別は感じなかった。
パリでは感じたが、、、、。まっいいか。
おそらく色々学んだのではないでしょーか、ピーターソンから。