2024年7月15日から18日まで、中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(「三中全会」)が開催され、経済政策と改革の方向性が議論された。
ニッセイ基礎研究所の三浦祐介氏が、習政権発足後の経済運営の大まかな推移も振り返りつつ、「市場と政府」、「安全と発展」、「成長と分配」の3つの観点から、今後の改革や政権運営の方向性を考察する。
中国共産党の重要会議「三中全会」が開催
中国では、2024年7月15日から18日にかけて、第20期中央委員会第3回全体会議(以下、「三中全会」)が開催された。
中央委員会の全体会議は、1期5年の政権期間中に合計7回開催される。このうち、3回目に開催される三中全会では、経済を中心に中長期的な施政方針が議論、決定されることが長らく習わしとなってきたため、その後の中国経済の行く末を占ううえで重要な会議として、毎回国内外の注目を集めてきた。
今回の三中全会は、長期化する不動産不況や激しくなる西側諸国との貿易摩擦などの「内憂外患」により、経済の先行き不透明感が強いなかで開催された。
中国は、三中全会を経て、今後どのようなスタンスで改革や政権運営を今後進めていくのだろうか。
会議の要諦を発表した声明文(以下、コミュニケ)や、会議で採択された重要文書(「改革をいっそう全面的に深化させ、中国式現代化を推進することに関する中共中央の決定」、以下「決定」)に散りばめられた文言を頼りに、今後の方向性を考察してみたい。
代表的なものとしては、1978年開催の三中全会における改革開放路線への転換が挙げられる。
なお、前回の第19期では、第2回全体会議(二中全会)で憲法改正が議論され、通例議題となるはずの国家機構人事(国家主席や首相)決定が三中全会へと繰り越されたため、改革方針に関しては、第4回全体会議(四中全会)で議論された。
「改革の全面的深化」継続謳われるも「改革」の意味合いは変化
今回の三中全会では「改革をいっそう全面的に深化させ、中国式現代化を推進すること」が主題とされ、改革の要点として14の事項が定められた(図表1)。
振り返れば、2012年の第18回全国代表大会(党大会)を経て発足した習近平政権は、13年に開催された前々回の三中全会において「改革の全面的な深化」に着手した。
今後は、その改革を仕上げるフェーズと位置付けていることがうかがえる。
これにより目指すのは、習政権3期目のスタートとなった第20回党大会で提起された「中国式現代化」であり、他の多くの国と異なる社会主義体制のもとで国家の発展を目指す方針が改めて明確にされた。
【図表1】
このように「改革の全面的な深化」は、13年の習政権発足時から現在に至るまで、そして今後も、執政の中核と位置付けられるスローガンであるが、「改革」の内実は、その間に起きた内外情勢とともに変化してきた。
習政権発足後の経済運営の大まかな推移も振り返りつつ、「市場と政府」、「安全と発展」、「成長と分配」の3つの観点でみると、以下のような特徴を読み取ることができる。
1|市場と政府:強調されなくなった市場の「決定的な」役割
今回のコミュニケで注目されるのは、市場の果たす役割について、その位置づけが以前よりも強調されなくなったことだ。
13年に開催された三中全会で「改革の全面的な深化」が謳われた際は、コミュニケにおいて「資源配分において市場に決定的な役割を果たさせる」ことによる経済体制改革の深化が強調されたのに対して、今回のコミュニケでは「市場メカニズムの役割をよりよく発揮させる」とされたのみで「決定的な役割」については言及されなかった。
むしろ、「『緩和の柔軟性』を保ちながら『管理の徹底』をはかり、しっかりと市場の秩序を維持して市場の失敗を補完」することが強調され、市場が管理の対象であると認識が透けて見える。
「決定」本文では「決定的な役割」との表現は踏襲されており、決定稿に関する議論の過程は定かではないものの、文言を完全に削除することに対しては党内で異論が出たのかもしれない。
いずれにせよ、資源配分において市場メカニズムが役立つ部分を活用する考えは変わらないと考えられる一方、そのネガティブな側面にも強い問題意識を持ち、党による統治を乱さないよう、しっかりとコントロールしていく考えであることがうかがえる。
習総書記が13年の時点で市場化改革を進めるつもりが当初からなかったのか、その後に考えを改めていったのかは議論が分かれるところであり、実際にどうかは定かでないが、13年以降の市場化改革の取り組みを通じ、その弊害を認識した可能性はある。
例えば、15年のチャイナショックの発生や17年から20年にかけての民営プラットフォーマーの台頭が挙げられる。
市場化としては望ましいはずの為替変動幅拡大や民営経済の発展が、経済の安定や党による国の統治を脅かしたことを受け、純粋な市場化が自国の経済運営にとって必ずしも望ましいものではないと思うようになっても不思議ではないだろう。
類似の問題としては、国有企業と民営企業の関係が挙げられる。
これについて、コミュニケ上では「揺るぐことなく公有制経済をうち固めて発展させ、揺るぐことなく非公有制経済の発展を奨励・支援・リード」するという、13年の三中全会と同じ表現が踏襲され、基本的な考え方に変化はみられなかった。
「決定」の中身をもう少し具体的にみると、民営企業に関しては、「民営経済促進法の制定」などによる民間のビジネス環境改善や、「力のある民間企業が先頭に立って国の重要技術開発の任務を担うのを支援」すること等によるイノベーション強化への参画促進の方針が打ち出されている。
これまでも製造業振興に資する民営企業支援の姿勢は見られ、EVやドローンといった個別の製品領域では代表的なプレイヤーとなっている民営企業も少なくない。
もっとも、20年に「資本の野放図な拡張」が問題視されて以降、プラットフォーマーに対する規制強化に代表されるように民営企業に対する風当たりは強くなっており、総じて以前に比べて民間の勢いが弱まっているというのが実情だろう。
この傾向が変わらなければ、民営企業発のイノベーションは一定の「ガラスの天井」のもとでの発展にとどまる恐れがある。
【図表2】
他方、国有企業に関しては、「より強く、よりよく、より大きく」する方針は不変で、「国有企業による独自のイノベーション促進の制度的取り決めを整える」とされるなど、国有企業にもイノベーション促進への役割を期待していることがうかがえる。
実際、最近では、国有企業を対象に、人工知能をはじめとする新領域でユニコーン企業育成を目指す動きもみられる。
ただ、国有企業改革はこれまでも実施されてきたが、鉱工業企業のROAといった指標をみる限り、その生産性は必ずしも高まっていない(図表2)。
仮に今後もその傾向が変わらないまま国有企業の役割だけが拡大すれば、経済全体としての生産性向上の妨げにもなりかねない。
国有企業と民営企業をそれぞれどのように活用しながらイノベーション強化による生産性向上を実現していくのか、今後の実践に注目が必要だ。
2|発展と安全:安全保障を「より突出した」位置づけに
米国など西側諸国との間で経済摩擦が深まるなか、経済発展や対外開放と安全保障をどのように両立させていくのかが中国にとって課題となっている。
こうしたなか、今回の「決定」において、「発展と安全の統合を重視し(中略)国家安全保障を守ることをより突出した位置づけとした」(傍点筆者)ことを習総書記は明らかにした。
安全保障強化の傾向は習政権の2期目から徐々に進んできたが、安全保障の観点を従来よりも重視する考えが改めて言明されたかたちだ。
対外的な安全保障に関して、制裁や干渉などに反撃するためのメカニズムや貿易リスクを防止・コントロールするメカニズムの整備等が「決定」では挙げられ、近年中国に対して強まる貿易・投資規制に対応するための制度整備を進める考えが示されている。
だが、安全保障を発展と両立させ、さらにはコミュニケでも謳われた「質の高い発展と高い水準の安全保障との相互促進を実現する」という好循環にまで昇華させることは容易ではない。
今回のコミュニケでも対外開放を堅持する姿勢に変わりはみられなかったが、実情としては、産業高度化を進めるほど中国台頭に対する西側諸国の警戒が強まり、安全保障を強化するほど中国ビジネスへの警戒感が強まる、という矛盾が生じている。
例えば、外資企業の対中投資額は、経済減速や為替変動等の影響もあるとは言え、23年以降顕著に落ち込んでいる(図表3)このためか、両立というよりは西側諸国からのデリスキングにかかわる方策が目立つ印象だ。
例えば、「質の高い発展」や「イノベーション体制の整備」を改革の重点とし、「産業チェーン・サプライチェーンの強靭性・安全性向上の制度」や(イノベーションの)「新型挙国体制」、「『一帯一路』の質の高い共同建設を推進する仕組み」などを整備するとの方針からは、自国の産業競争力強化や新興国との対外連携強化を志向する姿勢が垣間見える。
もっとも、西側諸国との関係において、まったくの内向き姿勢というわけでもない。
例えば、「決定」では「進んでハイスタンダードな国際貿易ルールに適応し、財産権の保護、産業補助、環境基準、労働保護、政府調達、EC、金融などの分野でルール、規制、管理、基準が相互適用できるようにし、透明で安定した予見可能な制度環境を整える」方針が示された。
中国としては、ルール形成により積極的に関与することで自国に有利な環境を作るという目論見はあるものの、WTOを主とするマルチの貿易体制を維持する姿勢に変わりはないようだ。
米国の姿勢は大統領選の結果により変わる可能性があるが、少なくとも欧州や日本などルールを重視する国・地域にとっては、こうした枠組みのもとで対話の糸口をつかむことができると思われる。
なお、安全保障に関しては、中国の場合、対外的な問題だけではなく、それと同等、あるいはそれ以上に国内の問題にも注意を払っている。
例えば、習総書記がかつて提起した「総体的国家安全観」には、軍事や領有権といった伝統的な安全保障の領域のほか、政治や経済、文化、サイバー、資源、データなど広範な領域が含まれている。
また、公表されている財政支出の規模をみると、国内の安全維持関連の支出は国防を上回る水準となっている(図表4)。
こうしたなか、今回のコミュニケでは、「公共安全ガバナンスの仕組み」や「インターネット総合ガバナンス体系」の整備などが挙げられた。
このほか、不動産や地方政府債務、中小金融機関といった金融リスクをはじめ、目下の安全を脅かす広範な諸課題についても言及されている。
【図表3/図表4】
3|成長と分配:成長一辺倒からの基調変化は不変
3つ目の観点は、成長と分配だ。これについては、今回の三中全会で目立った基調の変化はみられない。
かつて人口ボーナスや対外開放の効果が経済の追い風となっていた時期には、高度経済成長が党による支配の正統性の源泉とされ、その際には故・鄧小平氏が提起した「先富論」の考えのもと、格差を容認しながら全体としての所得水準向上が目指されていた。
それが、習政権が発足して以降、人口減少や対外経済摩擦といった内外の情勢変化を受けて成長率が低下するなか、「質」重視の発展へとシフトしてきた。
その過程では、一時期盛んに強調された「共同富裕」のスローガンに代表されるように「公平性」が重視されるようになり、必然的に分配にも軸足を置いた政策の必要性が高まっている。
このため、今回のコミュニケでも、「包摂的民生、基本的民生、最低ライン保障型民生の建設強化」や「所得分配制度の改善」、「社会保障体系の整備」、「都市と農村の格差縮小」といった、格差縮小や福祉の向上にかかわるキーワードが挙げられている。
注目されるのは、これらの対策を実現するうえでの基盤的な制度ともいえる行財政制度の改革の行方だ。
中国の行財政制度をめぐっては、中央・地方政府間での財源と行政のアンバランスな配分という深い問題がある。地方政府では、財源(歳入)の配分に比して行政(歳出)の配分が大きいため(図表5)、必然的に財政がひっ迫しやすいという問題だ。
この構造が、不足する財源をファイナンスにより調達する動機となり、地方政府の隠れ債務問題という金融リスクの主因ともなっている。
財政改革の方向性について「決定」では、地方政府の財源を強化するとともに中央政府の行政支出を拡大する等の対応を進める方針が示された。
このほか、都市と農村を制度的に分断し、労働力移動の妨げや都市・農村格差の一因となっている中国特有の戸籍制度の改革も重要だ。
他方、成長に資する方策に関しても、重要な改革が目白押しだ
。例えば、人口減少の影響緩和という観点では、定年の延長や子育て支援強化等の少子・高齢化対策、高齢者に適した雇用の創出などがコミュニケでは挙げられている。
このほか、「消費拡大につながる長期的かつ効果的な仕組みの整備」や「現代的なインフラ建設の体制・メカニズムの整備」を通じた内需拡大、「現地の実情に応じて新質生産力を発展させる体制・仕組みの整備」による産業振興なども言及されている。
こうした改革の効果は無視できない。例えば定年延長に関しては、現行の定年(男性60歳、女性50歳)を男女とも65歳まで引き上げた場合、総人口ベースでは約2億人の労働力増となる計算だ(図表6)。
ただ、改革の多くは、13年の三中全会において既に提起されている。その後10年かけて段階的に検討や対応が進められてきたが、依然として道半ばにあり、調整の難しさを物語っている。
今後、中央・地方の行財政配分についてどのような着地点を見出すのか、定年延長がどのようなペースで進展するのか、産業振興が地方の重複投資を招いて過剰生産能力の問題が繰り返されないか、また、個人消費拡大に向けて実効性ある策が打ち出されるのか等、具体的な動きに注視が必要だ。
【図表5/図表6】
*2:もっとも、農村部の労働者には定年は影響しないほか、都市部でも一律に労働市場から退出するわけではないため、実際のインパクトはそこまで大きくないとみられる。
例えば、都市・農村部の労働参加率の実績(2020年時点)を前提に、男性・女性の定年をそれぞれ65歳、60歳まで引き上げた場合の試算では、労働力供給の増加規模は3,600万人である(芦哲、占爍(2024)「如果延遅退休、怎様影響影就業市場?」金融界、
「2029年」の改革達成はなるか:重要なのは形式より実質
以上、本稿では三中全会の結果について、「市場と政府」、「発展と安全」、「成長と分配」の3つの観点から、中国が今後どこに力点を置いて経済政策や改革を進めていくのかを考察した。
習政権発足当初に三中全会が開催された2013年時点では、故・李克強首相(当時)をはじめ改革を志向する幹部もいたせいか、「市場、発展、成長」寄りの姿勢が強かったが、その後、様々な情勢変化や習氏への権力集中の過程で「政府、安全、分配」の方向へと修正されていることがうかがえる。
これらのバランスをどう取るかは、中国に限らずいずれの国でも腐心する問題だ。
ただ、中国の場合、今回のコミュニケで「党が終始中国の特色ある社会主義事業の強固な指導的核心であり続ける必要がある」ことや「イデオロギー上のリスクの防止・解消」の必要性を強調しており、現在の体制による統治の継続にも共産党自身が一定の懸念を抱いていることが示唆される。
そうした状況下、旧ソ連の経験も念頭に、遠心力として働く市場化の加速や統制の緩和ではなく、党による統制や内外の安全保障への対策強化と福祉や再分配の強化により、求心力を強めようとしているものと推察される。
今後、本稿で挙げたような様々な改革を進めていくにあたっては、どの国でも直面する問題もあれば、中国固有の政治・経済体制だからこそ直面する問題もあるだろう。
また、上述の通り既に着手されている改革も多いため、現時点で積み残されている作業は、それだけ骨が折れるものであるともいえる。
このように改革の道のりは決して平たんではないが、改革の成否は言うまでもなく今後の中国経済の行方を大きく左右する。
近年の不動産不況長期化を経て日本のように成長が停滞する可能性は、デレバレッジの進み方や金融システムの耐性等を踏まえると低いとみているが、改革の成果が芳しくなかった場合には、30年代以降、低成長局面に入り、そのまま停滞してしまう可能性は否定できない。
今回の三中全会では、建国80周年にあたる29年を改革達成の期限として新たに設定した。
26年に現在の任期を終えた後も習氏が引き続き政権を担い、結果を見届けようとの思いの表れかもしれないが、誰が政権を担うにせよ、29年時点で改革が形式上達成されることは政治的に既定路線と思われる。
したがって、今後の経済を展望するに際しては、必要とされている改革が具体的にどのように進捗し、成果として表れていくか等、実際の変化に重きを置いて動向を評価していく必要がある。