日本共産党のパンフレットから、100年の歴史の特徴を紹介します。
日本共産党は、科学的社会主義を土台にして、誤りや弱点に対しては正面から向き合い、自己改革の努力を続けてきた政党です。
その最大のものは、1950年に、旧ソ連・スターリンなどの干渉によって引き起こされた党の分裂を乗りこえ、「日本社会の発展の道すじは自らの力で明らかにする」「どんな大国であれ外国の干渉を許さない」という自主独立の路線を確立したことにあります。戦後の直後の時期は、「ソ連のやることは間違いがない」という見方が日本共産党のなかでも支配的でした。しかし、党への乱暴な干渉から総括と教訓を引き出すなかで、こうした認識をあらため、自主独立の路線を確立したのです。
1960年代には、旧ソ連と中国・毛沢東派の双方から覇権主義の干渉が行われましたが、日本共産党は自主独立の立場できっぱりとはねのけ、その双方に誤りを認めさせました。91年にソ連の政権党が崩壊したときには、「もろ手をあげて歓迎する」という声明を出しました。こうした政党は、世界の中でも日本共産党の他にはありません。
覇権主義とのたたかいを通じて、日本共産党は、20世紀におきた植民地体制の崩壊という「世界の構造変化」が、21世紀の今日に平和と社会進歩を進める生きた力を発揮し始めているという、新しい世界論を明らかにしていきました。植民地支配からの解放をかちとって独立国家となった多くの国ぐにが、核兵器禁止条約をつくる主役として国際政治のなかで大きな役割を発揮しています。東南アジアではASEAN(東南アジア諸国連合)の国ぐにが、あらゆる紛争問題を徹底した話し合いで解決する平和の地域共同体をつくりあげ、世界とアジアの平和の一大源泉となっています。
日本共産党は、綱領に、いかなる覇権主義にも反対し平和の国際秩序を築く、核兵器のない世界、軍事同盟のない世界をめざす、民主主義と人権を擁護することなどを明記し、この立場に立って世界に働きかけ、国際連帯を広げています。
日本共産党は、科学的社会主義を土台にして、誤りや弱点に対しては正面から向き合い、自己改革の努力を続けてきた政党です。
その最大のものは、1950年に、旧ソ連・スターリンなどの干渉によって引き起こされた党の分裂を乗りこえ、「日本社会の発展の道すじは自らの力で明らかにする」「どんな大国であれ外国の干渉を許さない」という自主独立の路線を確立したことにあります。戦後の直後の時期は、「ソ連のやることは間違いがない」という見方が日本共産党のなかでも支配的でした。しかし、党への乱暴な干渉から総括と教訓を引き出すなかで、こうした認識をあらため、自主独立の路線を確立したのです。
1960年代には、旧ソ連と中国・毛沢東派の双方から覇権主義の干渉が行われましたが、日本共産党は自主独立の立場できっぱりとはねのけ、その双方に誤りを認めさせました。91年にソ連の政権党が崩壊したときには、「もろ手をあげて歓迎する」という声明を出しました。こうした政党は、世界の中でも日本共産党の他にはありません。
覇権主義とのたたかいを通じて、日本共産党は、20世紀におきた植民地体制の崩壊という「世界の構造変化」が、21世紀の今日に平和と社会進歩を進める生きた力を発揮し始めているという、新しい世界論を明らかにしていきました。植民地支配からの解放をかちとって独立国家となった多くの国ぐにが、核兵器禁止条約をつくる主役として国際政治のなかで大きな役割を発揮しています。東南アジアではASEAN(東南アジア諸国連合)の国ぐにが、あらゆる紛争問題を徹底した話し合いで解決する平和の地域共同体をつくりあげ、世界とアジアの平和の一大源泉となっています。
日本共産党は、綱領に、いかなる覇権主義にも反対し平和の国際秩序を築く、核兵器のない世界、軍事同盟のない世界をめざす、民主主義と人権を擁護することなどを明記し、この立場に立って世界に働きかけ、国際連帯を広げています。