世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

あとがき

2018-08-12 04:11:04 | 風紋


Paul Goble

不思議な馬に乗って、どこかに行こうとしているアシメックのイメージです。

物語の舞台は紀元前3000年ごろのアメリカという設定ですが、アメリカ大陸では、稲作は事実上行われませんでした。地域的に小さな発展はあったかもしれませんが、アメリカの農耕はトウモロコシが主体として発展しました。

物語は題材の多くを、日本の縄文時代にとっています。ゆえにこの物語はあくまでもフィクション、ファンタジーです。

しかしこの世界に農耕を起こした、アシメックのような勇者は実在しました。歴史の中に埋もれていった人々の中に、すばらしいことをしてくれた偉大な人はいたのです。いつでも、人間を導くために、だれか高い魂が地上に来ていた。そして人間たちとともに生き、風のようにこの世界に風紋を起こし、また帰っていった。

古い古い時代から、遠い遠い昔から、愛がこの世界にきていたのです。

人間はその愛に導かれて生きて来た。農耕を知り、文明を知り、様々な経験をし、自らを育ててきた。そしてとうとうこの時代、自分というものに気付いた。自分たちがここまで来れたことが、自分たちの力だけでできたことではないことを知った。

大いなる愛がいつもともにいてくれたことを知った。そして自分もまた愛であることを知った。

もう少しで、風になる。

人類はもう、風に起こされる風紋ではなく、この世界にあらゆる美しい風紋を描いていく、風になるのです。それは決して空想ではない。

神が人類の未来に約束してくださった、たしかな真実なのです。






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エピローグ④

2018-08-11 04:10:54 | 風紋


ネオはその時、何かに打たれたように立ち尽くした。風が頬に触れ、何かをネオにささやいたような気がした。

信じられるか。おまえたちはまだ、風を受けて現れる風紋のようだが、いつか、この世界に不思議な文様を描く風になるのだ。

ネオはふと辺りを見回した。誰かがそばにいるような気がしたのだ。だが周りにはモトの他誰もいない。空耳だったのだろうか。

風か。確かにアシメックは風みたいだったな。岸辺に立ってみんなに向かって何かを言っているだけで、風に吹かれるみたいにみんなが一生懸命動いていた。

あの声が好きだった。聞くだけでうれしくて、なんでもやりたくなった。だが今はもうはっきりと思い出せない。日々の中で記憶は薄れていく。ただ、人々に伝えられていく神話だけは生きていた。

青い鹿と闘い、沼を広げて稲を歩かせた英雄は、いつか神のように立派になり、風のように子孫たちの心に風紋を描いていく。

昔、アシメックという勇猛な神はこう言って、男たちを導き、すばらしい沼を作ったという。

やってみろ。

おまえにはみごとにそれができるだろう。

(おわり)




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エピローグ③

2018-08-10 04:10:44 | 風紋


もうすぐまた稲植えだ。ネオはこの沼ができてから、ヤテクに習って稲についての知識をたくさん蓄えた。稲植えの経験を積み、様々なコツを身につけた。大人の男になっても、サリクほどには体が大きくならなかった。だが、いいことのできるいい男になれたと思っている。少なくとも、モトは、こういうネオを誰よりも慕ってくれるのだ。

サリクは、アシメックが死んでから三日後に死んだ。

カシワナ族には殉死の風習はない。だがそれに近かった。アシメックが死んだことを知った時、サリクは世界が終わったかのような真っ青な顔をし、突然口を利かなくなった。そのまま家にとじこもって、何も食べずにぼんやりしていたと思うと、三日後に寝床の中で死んでいるのが見つかったのだ。

アルカラを思い出したのだろう、とミコルは言った。だがネオはわかるような気がした。サリクはアシメックについていったのだ。そうしかねないくらい、サリクはアシメックばかり追いかけていた。

りっぱな男は、いいことをみんなのためにするものだ。

そんなことを、サリクが言っていたことを、覚えている。あれはアシメックの真似だった。アシメックはいつも男たちにそんなことを言っていたのだ。ネオもそう思う。そうとも、それが正しい男の生き方なのだ。

おれはサリクみたいにでかくならなかったし、狩人組にも入れなかったけど、稲を勉強して、みんなのためにいいことをしている。

そして、モトに、立派な男のやり方を教えてやる。おれが生きてやったこと、すべて教えていく。

そうすれば、きっとこのカシワナの村は、ずっと美しく生きていくにちがいない。

風が起こった。それを受けて、また沼の水面に文様が揺れた。




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エピローグ②

2018-08-09 04:10:35 | 風紋


「おれはまだ、十二か十三の子供だった。だが十分に鍬が持てたんで、アシメックが声をかけてくれたんだ。一緒に男の仕事をしないかってね」
「すごいよな」
モトはネオの話を聞きながら、目を丸々と見開いて言った。春の風が心地よい。どこからか小鳥の声が滴って来る。イタカには草むらに巣をつくる小鳥がいるのだ。

「おれ、青い鹿の話が好きだ」
モトは沼に映った自分の顔を見ながら言った。アシメックがキルアンと闘った話は、今は母親たちが子供に語る昔話の定番になっていた。キルアンは、実際は普通の鹿より少し大きいくらいの、青みを帯びた毛皮をしたハイイロ鹿の雄だった。ネオはそれくらいのことは知っている。だが母親たちの語る話では、アシメックが戦ったのは、イゴの木よりも背が高い、空のように青い鹿になっていた。

アシメックはその鹿と、空を飛びながら戦ったのだ。

モラがモトを寝かしつけるために、その大仰に広がった話をする時、ネオは少しおかしかったが、別に何も言わなかった。それくらいのことができてもおかしくないように思えたのだ、あの族長は。

今の族長は、シュコックが死んだあと、レンドがやっている。アシメックが始めた稲植えの風習を受け継ぎつつ、みんなを守って立派に族長をやっていた。アシメックの影響は大きかった。あれを忘れられない男はいつも、アシメックの真似をしていた。

ネオは昔の記憶に心を飛ばした。もうあれから何年経つだろう。アシメックが死んだのは、最初のタモロ沼の稲刈りが終わってすぐだった。

彼のとむらいのときは、村のみんなが泣き崩れた。墓穴を掘るのさえ拒否した。死んでしまったことをすぐに認めたくなかったのだ。アシメックが横たわる墓穴は、トカムがひとりで掘った。そのころから、穴を掘るのが彼の仕事になった。今でも彼は穴を掘り続けている。

ネオは空を見た。白い大きな春の雲が流れている。




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エピローグ①

2018-08-08 04:10:45 | 風紋


春のタモロ沼の岸辺に、ネオは立っていた。

まだ稲を植える前の沼は、静かに水面に風を受けている。時々ゆれる水面に、高い青空が映り、その中を一羽の鷲が飛んでいた。

ネオの仕事は、このタモロ沼の管理だった。釣りも弓作りもやるが、たいていはこのタモロ沼のほとりにきて、稲の様子を見たり、岸辺の土を盛りなおしていたりした。自然のまま放っておくと、沼の岸が崩れて危なくなるのだ。もろいところなどは、定期的に土を入れて補強しておかねばならない。

このタモロ沼ができてから、カシワナ族の暮らしは格段によくなった。ヤルスベ族の要求にも十分に答えられ、それにも余るほどの米がとれた。毎年やる稲植えは大変だが、その労に余るほどの恵みがあるのだ。

すばらしい沼だった。

「これ、アシメックがつくったんだね」

ネオの隣で、小さな子供が沼を見渡しながら言った。ネオはモラとの間に、五人の子供を作ったが、五人目でようやく男ができた。この子供はその男の子だ。名前はモトといい、今年で五歳になる。ネオは愛おし気に息子に笑いかけ、言った。

「ああ、そうだ。アシメックとみんなが作ったんだよ」

「ネオもやったんだよね」

子供は言った。ネオは「ああ」と答えた。結婚制度のないこのころでは、父親にあたる名詞がない。だから子供は、男の親のことは名前で呼んだ。だがモトにとっては、ネオは特別な男だった。いつも家に一緒に住んでいて、母親と仲良くしている。そしてモトのためにいいことはなんでもしてくれた。




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イメージ・ギャラリー㉘

2018-08-07 04:10:44 | 風紋


William Gilbert Gaul

アシメックの妹ソミナのイメージです。
兄の魂を追っているように、どこかを見ています。
彼女も強く生きていくことでしょう。




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ケバルライ⑧

2018-08-06 04:10:27 | 風紋


その次の朝早く、ソミナは目を覚ますと、身づくろいもそこそこに、さっそく外に出て焚火を作った。家の中で囲炉裏を使っては、兄の眠りを邪魔するからだ。

昨日積んであった榾に囲炉裏の火を移し、土器の壺に水と米を入れて煮る。今日は干した小魚を裂いて入れた。そうすると魚の味が出て粥がうまくなる。

これを食べれば、兄も元気になるだろう。

出来上がった頃に、ソミナはそばで遊んでいたコルにいいつけた。

「コル、あにやを起こしておいで」
「うん」

コルは素直にうなずいて言うことを聞き、家に入っていった。いい子だ。コルはもうすっかりソミナの子だった。生まれた時からそばにいるような気さえした。あにやと一緒に、大人になるまで大事に育てていこう。だがしばらくして、コルは家から出てきて、ソミナに不安そうに言った。

「母ちゃん、アシメックが起きないよ」





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ケバルライ⑦

2018-08-05 04:11:02 | 風紋


「ケバルライ」
「なんだ」
「あなたの仕事はここで一旦終わりだ。もうわかっているだろう」
「ああ」

アシメックは涙を流した。わかった。別れの時が来たのだ。あれらと、別れなければいけない時が来たのだ。声は言った。

「永久の別れではない」
「そうとも」
「また会える。新しい命をもって、またあれらと会える時が来る」
「わかっている」

アシメックは後ろを振り向いた。そこに、大きな翼をもつ神カシワナカがいた。いや、それはカシワナカではなかった。アシメックは驚いた。しかしその次に、あふれるようななつかしさが湧いてきた。

「ああ、なんだ、……あなただったのか」
とアシメックは言った。

夢はそこで終わった。




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ケバルライ⑥

2018-08-04 04:11:06 | 風紋


その日、アシメックはソミナが米をつく音を聞きながら、早めに床についた。コルは小さく歌いながら、ソミナのそばに引っ付いている。ソミナが好きなのだ。もう母と同じくらい、愛しているのだ。もういい。おれがいなくても、妹はやっていける。

その様子を見ながら、アシメックは目を閉じた。

夢を見た。

はるかな上空から、アシメックはタモロ沼を見下ろしている。あの時と同じだ。

季節は春だった。みずみずしく水をたたえたタモロ沼に、人々が集まり、稲を植えていた。ああ、またやっているのだ、とアシメックは思った。

「ごらん」
とまたあの声が言った。
「あれはまだ、風が起こす風紋なのだ。まだ何もわかってはいない。だが、確かに、いつか風になる種を持っているのだ」
「ああ、そうだ」
アシメックはその声にこたえた。

「わたしたちの道は、はるかに遠い。長い年月を、やっていかねばならぬ」
声は言った。アシメックは返事をしなかった。だが心のどこかで、わかっているような気がした。

「想像できるか? あの、まだとても小さい魂が、何もわかっていない種が、今にこの世界に大きな風を起こすものになるということが」

声が一段と近づいてきた。アシメックは、その誰かが今、自分の耳元でささやいているのを感じた。




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ケバルライ⑤

2018-08-03 04:10:41 | 風紋


冬が去り、浅い春の気配がイタカの野に見えるころ、アシメックはひどく疲れを覚えるようになった。少し体を動かすだけで、しばし何もできなくなる。だるいのだ。体に流れてくる気力のようなものが、どこかで詰っているような感じだ。

その頃になると、ソミナも兄の様子がおかしいことに気付いた。

「体が悪いのかい? あにや」
「いや、だいじょうぶだ」
アシメックは笑いながら言った。だがその顔にも元気がない。

「米を食べたら、元気が出るよ。稲蔵に行ってもらって来よう。コル、いっしょにおいで」
そう言って、ソミナはコルをつれて外に出て行った。アシメックは笑った。明日の朝は、ソミナが作ってくれる、うまい粥が食えそうだ。

家の中で、ひとりで囲炉裏のそばに座りながら、アシメックは目をつぶる。そうするとまたあの声が聞こえる。

ケバルライ

わかっている。あれだ。あれが呼んでいるのだ。だが、あれとはなんだ。カシワナカのことか。夢で見たあの神のことか。

アシメックは前に見た夢のことを思い出した。鷲のように大きな翼をした立派な男の神。それは自分に大きな使命を言い渡したのだ。

イタカの野に細い川を描き
稲を歩かせ
豊の実りを太らせよ
ケバルライ

もうそれは終わった。アシメックは野に川を描き、稲を歩かせ、タモロ沼を作り、大きく稲の収穫を太らせたのだ。

おれはやったのだ。

アシメックは腹の奥に何かをずんと落とすように、自分にそう言った。




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