ある新月の宵でございました。醜女の君は、月珠を作る仕事もないので、書堂にこもり、静かに書物の中に浸っておりました。
読んでいるのは、王様の手になる、鳥の音の詩集でありました。王様のお耳には、鳥の音も、こういう風に聞こえるのだという、それは美しい詩が書いてございました。いや実際、鳥は、そう歌っているのだそうでした。醜女の君は、その鳥の音の詩がとても好きで、書堂にくればいつも、真っ先にその書をとっては開き、本の中からこぼれる玉のような言葉を、拾っては飲み込んでいたのです。
醜女の君が、そうして鳥の音の詩集を読んでおりますと、ふと、後ろから小さく自分を呼ぶ声がしたような気がして、振り向きました。するとそこに、ひとりの天の国人の男の方が、少し青ざめた顔をして立っていたのです。醜女の君は、羽衣を注意深くかぶりつつ、その男の方に小さく頭を下げて挨拶をなさいました。
「なにかごようでございましょうか?」
すると男の方は、青い灯のこもったような目で、醜女の君のお顔を見つめつつ、言いました。
「教えてほしいのです。鳥の音の詩集に、こういうのがありますが、意味がわからないのです。『清らにも来る、川の音のすきとほる、思ひを語る、方の心を、運びて来たり、運びて来たり』」
「ああ、『鶴』でございますね」「はい」「それは、鶴がこう鳴いているという意味です。『神さまのお国を流れる川から、水をひいてまいりました。この国の川にその水を流そうと、水をひいてまいりました。この国の川を、清めるために』…実際に、鶴はこう鳴いており、人々の国に、神の国からの水をもってくるという仕事をしていると聞きます」
醜女の君が、きれいな声でそう答えられると、男の方はしばし立ちつくし、目を震わせたかと思うと、突然頭を下げ、「ありがとうございます」と言って、すぐに、風のように去ってしまいました。
醜女の君は、よく勉強なさる方だこと、と微笑み、再び、書物の方に目を落とされたそうです。