★きれいな目
「やあ、ボブ、わざわざきてくれてありがとう」
手品師さんは、茶色の髪の背の大きな男と、自宅の玄関先で握手を交わした。彼は、この国に来た時に手品師さんが雇った通訳であり、この国でできた最初の友人でもあった。
手品師さんはボブをリビングのソファに座らせると、早速話を始めた。セレスティーヌが何気なくセンターテーブルにコーヒーを置いていく。
「ダニエル・ジェンキンズについてだったね。一応知ってる情報は書類にしておいた。南部ではトップクラスのマジシャン兼タレントだ。よくテレビにも出てる。人気はあるけどね、マジシャン仲間の中では、芳しくない噂が流れてる。君も知ってると思うけど」
「ああ、目障りな若手を何人か潰しているっていうことは聞いた」
「そう。中の一人は自殺未遂を起こしてる。将来有望なマジシャンだったけれど、今は酒と薬の日々だ」
「たまらんね」
「まあ、どこの世界にも、馬鹿はいるよ」
「ふむ」
手品師さんは小さくため息をついた。「今度の大会で、ぼくはジェンキンズの後に舞台に出ることになってる。そのときが彼の狙いだと思うんだ。ぼくの推測だけどね」
「たぶんね。気を付けた方がいい。例のアシスタントは行方不明のままかい?」
「ああ。舞台の助手はセレがひとりでやってくれることになった。それは何とかなるんだけど、ふむ」
手品師さんは額に深いしわを寄せながら、手をあごにあてつつ、目を閉じて何かを考えている。ボブはコーヒーを持ってソファから立ち上がり、何気なく、リビングの壁に飾ってある絵を見た。
「おや? こんな絵、前にもあったっけ。なかなかキュートな娘だね」
それを聞いたとたん、手品師さんは思わず飲みかけたコーヒーを吹き出しそうになった。
「ボブ、冗談はよせ。よくみろ、それは娘じゃない、れっきとした男だ」
「へえ? ほう。あらま、そういやあ、女にしちゃ、胸がぺったんこだ。東洋系の顔は難しいな。よく間違える」
「まあ、彼は東洋人としても細いほうだったから。髪も長いし、後ろ姿をよく女性と間違われてたよ」
「ふーん。友達かい?」
「ああ。もうとっくに死んでるけど」
「へえ?」
ボブは肖像画の中の詩人さんの顔に見入った。そして不思議そうな顔をして言った。
「きれいな目だねえ。こんな目してるやつ、めったにいないぜ」
「君もそう思うかい?」
「ああ、正直にいうけど、こりゃ女に間違われてもしょうがないよ。男として生きていける顔じゃない。男ってやつあ、どんな正義漢でも、もっと黒い影をもってるもんだ」
「するどいな、ボブ。ほんと、そんなやつだった」
手品師さんは昔を思い出すかのように、遠い目でコーヒーに写る自分の顔を、しばし見つめた。
ボブはコーヒーを一気に飲み干すと、言った。
「まあとにかくだ。ジェンキンズはかなり汚いことを平気でやれる馬鹿だ。舞台の前日まで、気をつけたほうがいい。今も、コソ泥が家の周りをうろちょろしてるかもしれない」
「ああ、ありがとう、ボブ」
「すばらしい君の舞台を期待してるよ。ぼくが君の一番のファンだからな、この国では」
手品師さんとボブは、玄関先で握手を交わして別れた。
「おい渡。おまえ女の子に間違われたぞ」
リビングに入るなり、絵を見て手品師さんが言った。するとどこからか、誰かの声が聞こえたような気がした。
(ひっでえ)
(つづく)