カシワナ族の族長の名前はみんなが知っていた。アシメックなんて変な名前だ。部族が違えば、名前の好みも違う。それはわかっていたが、ヤルスベ族の常識ではちょっと受け入れがたいおかしな響きなのだ。だがアロンダには、それさえも不思議な魅力を持って聞こえた。
アシメック。
居心地のわるい響きが、胸に痛い陰を落とす。何で忘れられないのか。何でその名前を、いつでも心の中で繰り返してしまうのか。
この当時の常識では、他部族との通婚はほとんどどころか、全くなかった。お互いに、お互いを、性的交渉の相手と見ることはほぼ無理だった。どんなに美しい相手でも、何かが邪魔するのだ。それなのに、アロンダはあの男のことばかり考えている。
自分はおかしい、と思う。いやなことになったら困るから、そんな自分の気持ちは、誰にも言ったことがない。
ミタイトの水を汲めば
神のなさけが降りてくる
おまえの歩く足元に
きれいな花が咲く
ヤルスベ族の神話には、女性の神がいた。テミナガという神だ。それが主神テヅルカに大きな影響を及ぼしていた。それゆえにか、ヤルスベ族の女はカシワナ族の女と比べ、明らかに何かが違うという色を持っていた。
アロンダは美しい。テミナガのように美しい。女たちはみな言い合った。できればあのようになりたいという目で見る女もたくさんいた。だがアロンダはそれを苦しい気持ちで受け止めていた。人より美しい容貌のせいで、彼女はいつも一人だったからだ。