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族長というものは、ただ偉ぶっているだけではできない。昔の族長にはそういう者もいたらしいが、アシメックはそういう男ではなかった。
毎日、部族の民の家を訪ねては、その家の仕事を手伝った。そしてみんなのいろいろな話を聞いてやった。そういうことをするのが、好きな男だったのだ。
朝起きると、ソミナの作ってくれた朝餉を食ってから、ミコルの風紋占いを尋ね、それを参考にしながら、その日に訪ねていく家を決めていた。
その日も、アシメックは朝早くからミコルを尋ね、占いの結果を聞いた。ミコルは言った。
「稲舟の手入れはどうなっているかな」
「ああ、そうだな。コクリもぼちぼち咲くだろう」
イタカの野でコクリの花が咲くと、稲舟を出せというのが、部族に伝わることわざだった。暦がまだ十分にできていないこの時代では、人間の経験的知識が暦を補っていた。
アシメックはその日、村の船大工の家を訪ねることにした。この時代にも、舟を作る技術はあった。イタカの野のはずれにはかなり大きな山があり、そこから伐り出してきた木を、石斧で裂いて板にする。その板を組み合わせて、木釘で打ち合わせて、細い貝のような形をした小さな舟を作るのだ。水が入り込まないように板と板の継ぎ目には、木くずを松脂で練ったものを詰めた。そんな簡単な舟だったが、稲の採取をするときや、川で漁をするときには大層役に立った。