

土曜日
キュリー夫人を語る13
◇ 創価女子短期大学 特別文化講座 キュリー夫人を語る 2008-2-8
親孝行の娘であれ
父への手紙 「私は永遠に感謝を忘れません」
深き青春の原点を胸に
一、私も妻も大好きな歌に、短大の愛唱歌「白鳥よ」があります。
白鳥よ 深き縁の 白鳥よ いづこより来し 碧き泉に 青春 二歳(ふたとせ) 誉れあり
未来みつめて いつの日か ああ聡明の笑み光る
白鳥よ 清き心の 白鳥よ いづこより来し 緑の丘に 青春 二歳 誉れあり
平和語りて いつの日か ああ幸福の華開く
白鳥よ 澄みし瞳の 白鳥よ いづこより来し 理想の庭に 青春 二歳 誉れあり
心鍛えて いつの日か ああ大空へ舞い上る
この歌に高らかに歌い上げられているように、皆さん方にとっては、この短大での「青春二歳」が、かけがえのない「人生の誉れの英雄時代」なのであります。
二女のエーヴ・キュリーは、母親の学生時代について、「彼女がつねに仰望(ぎょうぼう)した人間の使命の最高峰にもっとも近い、もっとも完全な時代であった」(前掲、川口篤ほか訳)と述べています。
猛勉強の結果、マリーは、1893年に物理学の学士試験を1番で、翌年は数学の学士試験を2番で合格しました。
「激しいぜいたくと富への欲望の支配する我々の社会は学問の値打を理解しない」
(ウージェニィ・コットン著、杉捷夫訳『キュリー家の人々』岩波新書)
これは、マリーの慨嘆です。今は残念ながら、マリーの時代以上に、そうした風潮に満ちているかもしれません。
しかし、だからこそ、わが短大の真剣な向学と薫陶の校風が、清々しく光ります。
マリーは、勉学に明け暮れた屋根裏部屋を「いつまでも 変わらずたいせつな 心の部屋」と謳いました。
「そここそ ひとりひそやかに挑み その身を鍛えつづけた場
今もあざやかな いくつもの思い出にいろどられた世界」
と振り返っているのです(前掲、河野万里子訳)。
悩みに直面したときに、立ち返ることのできる原点をもった人生は、行き詰まらない。この短大のキャンパスは、皆さん方の永遠の前進と勝利の原点の天地です。
学問に王道なし
一、短大の「文学の庭」には、マリー・キュリー像に向かい合うようにして、ハナミズキの木が植えられています。
桜花の季節が終わると、そのバトンを託されたように、ハナミズキが一斉に開花して、行き交う新入生たちの心を明るく照らします。
これは、キュリー像が除幕された1カ月後、あのアメリカの人権の母、ローザ・パークスさんが来学され、記念植樹してくださった木です。
1992年、創価大学ロサンゼルス分校(当時)を訪問したパークスさんを、語学研修中だった短大生が歓迎しました。パークスさんは、この出会いを、生涯の宝とされておりました。
「彼女たちとの出会いは、私の一生における新しい時代の始まりを象徴するように思えてなりません」とまで語っておられました。
その2年後、誕生したばかりのキュリー像が見守るなか、パークスさんが八王子の短大と創価大学を訪れました。
キャンパスを案内したとき、「万葉の家」のそばで、私の言葉が刻まれた石碑を、じっと見つめておられた姿が印象的だったそうです。
この言葉を、今ふたたび、皆さんに贈ります。
「学問に王道なし
故に学びゆく者のみが
人間としての 王者の道を征くなり」
撰時抄275p
諸宗は我も我もとあらそいをなせども
一切に叶わざる事一あり、
所謂法華経の序分に
無量義経と申す経をもつて
前四十余年の経経をば
其の門を打ちふさぎ候いぬ