へこたれない 妬まない

2010年05月21日 23時58分20秒 | 日記
金曜日


ダンテ11

傲慢と戦い抜け

「亡命の間、ダンテのもとには、故郷フィレンツェから、
「金銭を払う」などの屈辱的な条件に従えば、帰国を許すとの提案がなされました。
しかしダンテは断固、2度にわたって拒絶したという。

「汚名を被らされながら、汚名を被らしたものらに対して、
 おのが(=自分の)金銭を払うこと」は、
「正義の宣伝者の思いもよらぬところ」
(中山訳『ダンテ全集第8巻』同)であると。

正義の人ダンテには、自らを迫害した者たちの誘惑に負け、
屈服するような卑しい弱さは、微塵もなかった。

ダンテは語った。
「太陽や星の光を仰ぐことは
 私にはどこにいてもできるではないか。
 名誉を奪われた、
 屈辱的な恰好で、
 故国の前に、
 フィレンツェ市民の前に
 姿を現わさずとも、
 天下いたるところで
 甘美な真理について
 冥想(めいそう)することは
 私にはできるではないか」
 (平川祐弘訳『神曲』河出書房新社の訳注から)
 
彼はもはや、故郷に戻る、戻らないといった次元を超越していました。
この大宇宙のいずこにあろうとも、正義を貫く自分自身に変わりはない。

「故郷」を追放されたダンテは、
「世界」をわが故郷としました。

一流の人格の指導者は へこたれない 妬まない

不当に迫害されたダンテは、
大きく境涯を広げ、自由自在の世界市民として飛翔していったのです。

ダンテが青春時代から深く学んでいた、
大詩人ウェルギリウスの詩が思い出されます。
「傲慢な者とは最後まで戦い抜くことだ」
(岡道男・高橋宏幸訳『アエネーイス』京都大学学術出版会)

苦しくも 勝利の春は   君待たむ
(創価学園 特別文化講座 創立者 ダンテを語る 2008-4-23)より

大詩人ウェルギリウス

『ダンテが師匠と仰いだ詩人ウェルギリウスは言う。 
「不幸に屈することなかれ。いな、むしろ大胆に、積極果敢に、不幸に挑みかかれ」
(「アエネーイス」第六巻)
そうすれば不幸は、反対に逃げていくと。
不幸に屈してはならない。
悪人に屈してはならない。
魔とか、卑怯者は、こちらが怖がれば、つけこんでくる。
強く出れば逃げていく』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9

遺竜・上野尼御前御返事1581p

其の子をば遺竜と申す又漢土第一の手跡なり、
親の跡を追うて法華経を書かじと云う願を立てたり、
其の時
大王おはします司馬氏と名く
仏法を信じ殊に法華経をあふぎ給いしが・
同じくは我が国の中に手跡第一の者に
此の経を書かせて持経とせんとて遺竜を召す、

竜申さく
父の遺言あり是れ計りは免し給へと云云、
大王父の遺言と申す故に
他の手跡を召して一経をうつし畢んぬ、
然りといへ共御心に叶い給はざりしかば・
又遺竜を召して言はく
汝親の遺言と申せば朕まげて経を写させず・
但八巻の題目計りを勅に随うべしと云云、
返す返す辞し申すに

王瞋りて云く
汝が父と云うも我が臣なり
親の不孝を恐れて題目を書かずば違勅の科ありと
勅定度度重かりしかば・
不孝はさる事なれども
当座の責を・のがれがたかりしかば
法華経の外題を書きて王へ上げ
宅に帰りて父のはかに向いて血の涙を流して申す様は・
天子の責重きによつて亡き父の遺言をたがへて・
既に法華経の外題を書きぬ。


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